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時夢色迷(下)

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「この世界はね、この子が作ったんですよ! 無理をしすぎて、髪の毛も目も色素が薄くなってしまったんですけど……」
「ちょっと待って!」
杏香は混乱しているようで、ブツブツと呟いている。
「難しく考えないで。此処は、私が作った。事故にあった後、私が強く後悔したから、この空間が生まれた。その時、一緒に陽幸くんもこの空間に来た」
天使――もう一人の杏香が、そう言って杏香を見る。
「そんな……」
呆気にとられる杏香をよそに、陽幸はニコッと笑う。
「もう一人のあんちゃんが居るように、もう一人のボクがきちんと生きてますから!」
「会えるかしら……」
ぼそりと、呟く。
「もう一人のひさ君に、きちんと会える?」
「はい! 運命とか、絆とかは、何回輪廻を廻ろうとも、ほどけないんですよ! だから、絶対大丈夫です!」
何の根拠もないような事だけど、何故か本当に会える気がした。
「次会えるのは、きっと貴方がすべての出会いを終えた時。どんなに、素晴らしい出会いがあっても、死んでしまったらお終い。だから、次会えるのは何十年も後だと信じてる。その時は、一緒になれるハズだから」
もう一人の杏香は、笑った。それにつられて、杏香も笑った。
「えぇ……次会ったときは、うちはきっとおばあさんだから優しくしてね? お年寄りには優しく、ね?」
「うん。何十年でも、貴方が此処に来るまで待ってるから」
杏香の周りに、光が出てくる。陽幸は、優しく微笑んで手を振った。
「待っててね、もう一人の杏香」
「待ってるよ、もう一人の杏香」
二人の声が重なった時、この世界に杏香は一人になった。

+エピローグ+ 別レト出会イト


杏香が目覚めた時、そこには白い天井が広がっていた。
「杏香!」
周りには、友達や家族がいた。
「あれ? 此処は? 夢有じゃないの?」
きょろきょろと周りを見て、色があることを確認する。それと同時に、此処が病院であることも理解した。
「杏香……心配したのよ……」
杏香の母親が、杏香を抱きかかえて泣いていた。
「む……むゆう? 何言ってんの?」
友達が、杏香に聞き返す。
「えっと……何それ?」
「あんたが言ったんじゃないの。でも、良かった……あんたが無事で」
空中に突っ込みを入れた後、優しく微笑んだ。
「明後日から、学校だよ。始業式そうそう休まないでね」
友達は、そう言って病室から出ていった。嬉しそうな涙を流しながら。
「怪我が無かったのよ、貴方。あの子が居たから」
母親は、嬉しそうに言うと、医者やナースが来た。その後検査を行ったが、何処にも異常がなく、夜遅くになったが家に帰ることが出来た。
「むゆう……何かあった気がするんだけどな……」
そんな呟きは、夜の闇に消えていった。



夢有の中心。一番最初に杏香と会った場所に、二人は居た。
「あんちゃんの記憶から、この世界の事は消えるんですよね」
少し残念そうに、陽幸は青い空を見上げた。
「そう。でも、大丈夫。あの子なら、きっと大丈夫」
確信をしたような表情で、同じように空を見上げる。
「そうですね!」
空と同じような、爽やかな笑顔でこの世界の杏香に笑いかけると、同じように笑ってくれた。
「此処は、未練のある子たちが来る場所。別れと出会いが沢山ある。だから、私たちの仕事は、それを叶えさせてあげること」
「それと、笑顔で送ってあげることもですよ」
ふふっと、笑って付け足した
「そうね……これからも、色々な子たちが来る。だから、忙しくなると思う」
出来る?と言わんばかりの表情で、陽幸を見る。
「大丈夫です! もう一人のボクも、頑張って生きてるんですから、ボクも笑顔で皆を見送ります! 楽しかったですね……」
「忘れないといけない事は無い。記憶も、宝物」
陽幸の瞳を見据えて、杏香は真面目そうに言うと、最後に微笑んだ。愛おしむ様に自分の胸に手を当てる杏香。陽幸も杏香の真似をして胸に手を当て思い返す。ドタバタしていて、これまでにない位大切な時間を。
そこで、杏香の白い髪に映える赤と青のピンに気付き、微笑んだ。
「そのピン……君の宝物になったんですか?」
「うん。……私への、初めてのプレゼントだから」
その時、初めてこの世界にも風が吹いた。杏香の白銀の髪がキラキラと輝いた。そして、嬉しそうにピンに触れた。白い肌に、少しの朱がさした。



今から二年前の三月の終わり、悲しい事故が起きていた。軽トラックを運転していた男が運転を誤り、近くを歩いていたもうすぐ中学生になる杏香と陽幸を轢いてしまった。男はその後捕まったが、杏香は今でも傷跡が残っているし、陽幸はこれまでの記憶を無くしてしまった。正確に言うならば、夢有に記憶という媒体を残して夢有の中での、あの陽幸を作り上げた。
陽幸はもともと、関西に実家があった為そちらに帰った。杏香は、あの時の記憶に蓋をしてこの街で育ってきた。



そして、運命の糸はまた戻ってくる
その時、少女の夢は形を現す。
少年の時は時間を刻む。
『時』の無い空間には、記憶が出来た。
『夢』のない人には、将来が出来た。
『色』のない空間には、大切がついた。
『迷』い人達は、事実に帰っていく。


新学期になって、教室に行くと皆が杏香の事を笑顔で迎えてくれた。
「はいはい、席に着きなさい」
担任である、金江先生が教室に入ってきて、手を叩きながら着席を促す。
「せんせー、担任は変わらないんですかぁ」
クラスの男子たちが、冷かしてそう言うと、クラスは笑いに包まれる。
「残念ながら、貴方達の担任は私のままよ。それよりも、転校生が来てるのよ、外に待たせているんだから、そろそろふざけてないで呼ぶわよ?」
転校生という言葉に、クラスがざわめく。
「入ってきていいわよ」
「えっと……多分、久しぶりの人も居ると思うんですけど、春田陽幸です。関西から帰ってきました! ボクには昔の記憶が無いので、また初めからお友達になってくださいね!」
クラスの中に、おずおずと入ってきた陽幸に、クラスの何人かが歓喜の声を上げる。中には、事情を知らない子もいて、表情を曇らせる子もいる。
「まぁ、自己紹介は帰りのホームルームにしてもらうとして……席は、志岐の横が空いてるね。あそこで良いわ」
「はい!」
一番後ろの席に向かう間に、何人かに少しだけ話かけられたりをしながら陽幸は、杏香の横の席に座る。
「初めまして! ボクは、春田陽幸です!」
にっこりと笑って、杏香に手を伸ばす。
「じゃぁ、あだ名は……ひさ君とかどう?」
陽幸の手を握って、握手をすると、そう提案する。クラスの子たちは、また変なあだ名をつけてるなぁ、と笑った。
「ひさ君……何か、初めて言われた気がしませんね……でも、嬉しいです! ありがとうございます! えっと、志岐さん?」
「志岐杏香よ。杏に、香で杏香」
にっこりと微笑む杏香。陽幸は、少し考えてからにっこりと笑った。
「じゃぁ、あんちゃんですね!」
教室の窓の外から爽やかな風が吹いた。教室に飾られていた真っ赤なガーベラがその風に吹かれて、杏香と陽幸の所まで香りをとばしてくれた。

+ END +
作品名:時夢色迷(下) 作家名:黒白黒