時夢色迷(下)
それを受け取ると、杏香は握りしめて自分を笑顔にしてくれた千秋の事を思い返す。少し、陽幸の涙で冷たくなっていたビーズだが。温かい光となって世界を包み込んだ。
「ツツジが! そっか、ピンク色だったのね」
ツツジに近付いて、香りと色を胸に焼き付ける。
「君。……そのガーベラも、色ついてる」
陽幸の肩をつついて、ガーベラを指さした。真っ白だったガーベラは、真っ赤なガーベラに変わっていた。
「綺麗です……ありがとうございます!」
赤いガーベラと同じくらいの明るい笑顔で、陽幸は冬弥に笑いかける。
「……チャレンジ。常に前進」
ぼそりと、冬弥が呟いた。
「何ですか? ソレ」
「花言葉」
ぶっきらぼうに答えた冬弥。陽幸は、理解できてないようで首を傾げている。
「赤いガーベラの。花言葉なんだ」
陽幸の抱えたガーベラを指さしながら、冬弥は微笑んだ。
「それが、彼から君への最後のメッセージ……じゃないかな」
「ちーくん……ボクは、止まりませんよ! ちーくんがそれを望むなら」
「千秋君……本当に、不思議な子だったわね」
杏香は、微笑んで陽幸たちの方を見る。
「不思議な、でも、優しい力の持ち主なんですよ!」
そう言って笑うと、ツツジの木達もガーベラも笑ったように見えた。
「少ししか会ってないが、俺にもわかった」
冬弥は、先ほどより色の付いた街を見まわした。こうなってくると、色の付いた部分よりも、付いてない所の方が目立ってくる。
「彼は、君たちの笑顔のきっかけ」
そういって、二人を見た。二人は、お互いの顔を見て微笑んだ。
陽幸は、赤いガーベラを愛おしそうに抱きしめた。それに応えるかのように、陽幸の腕の中で赤く輝いていた。見ているものの心を癒すような、暖かくて優しい赤で……
+第四章+ 絡繰少年
美夏と、千秋が消えて、新しく冬弥が来た。そんな慌ただしい中でも、ひと時の休みを取る時間があった。
「ねぇ、あの真っ白の子……天使でいっか。あの子は、何処にいるの?」
再びホテルに戻った杏香達は、大きなロビーの椅子でくつろいでいた。白色だった絨毯や椅子の生地は、深く上品な紅色になっていた。
「う~ん……呼んだら来ますかね?」
「来ないでしょ?」
「……来たみたいだけど?」
冬弥は、陽幸たちの後ろを指さした。確かに、天使はそこに立っていた。
「呼ばれたと思うから」
天使の白は絨毯の紅に映えて光が当たっている様に見える。
「何か……すごいですね」
陽幸は、びっくりして固まっていたが笑いだすと、そのままそう言った。杏香は微笑んで、天使に近付くと腕を引く。
「貴方も、此処に来たらいいわ!」
一つの机を挟んで陽幸と杏香、冬弥と天使が並んで座った。
「それにしても、貴方……前髪邪魔じゃない?」
天使の前に座っていた杏香が、机から身を乗り出して天使の前髪をかき分け、右目に被さっていた前髪を耳に掛ける。
「けど、これじゃ動いたらまた戻るわよね……」
天使を見ながら、考える杏香。
「ピンなら大丈夫だと思うけど」
そう言って、左側の横髪にクロスして付けていた、赤と青のアメピンを外す冬弥。
「良いの?髪、留めてるいたのに」
天使は、ほんの少しだけ不安そうな顔をして冬弥に聞く。
「構わないよ。大丈夫だから」
そう言うと、ピンを杏香に渡した。ソレを受け取ると椅子から離れて天使の横に立ってピンを止める。
「よし! できたわ!」
天使の真っ白の髪の毛にその、赤と青のピンはかなり映える。でも、不思議なフィット感があった。
「良く似合ってますよ! とーやくん達、お揃いですね!」
陽幸が、二人を交互に見てニコッと笑った。
冬弥も、天使も右側の前髪に付けているため、本当にお揃いの様だ。
「えっと……ありがとう」
小さく微笑んで陽幸に言うと、陽幸も笑った。
「どう?」
杏香は、微笑んで天使に聞く。
「良く見える」
周りを見て不思議そうに答える。最後に、杏香の方を見ると、杏香は楽しそうに笑っていた。
「良く似合っているわ。可愛いわよ♪」
「どうして、笑ってるですか?」
ピンに触れて、少しだけ表情が柔らかくなる天使。
「そうね。可愛い子が目の前にいるからかしら?」
「君、発言が危ないよ」
杏香の方を見ずに、ガラス越しの庭を見ながら呟く冬弥。陽幸は、その発言に下を向いてばれない様に笑う。
「加賀君。そんなんじゃないし、失礼よ。あと、ひさ君。バレバレよ」
落ち着いた、声で庭を見たままの冬弥に言う。
「……違うのか」
杏香の方を見ると、驚いた様な顔をする冬弥。陽幸は笑いながら、顔を上げる。
「ほら、あんちゃん。ただの勘違いですし、許してあげてくださいよ」
「それは、それで失礼よ」
楽しそうに笑いながら、陽幸が言うと、杏香はムスッとした顔になるが、そのまま普通に笑いだす。
「でも、本当に可愛いわよね……肌も綺麗だし」
そう言って、天使を見る。天使は、恥ずかしそうに目を逸らした。
「あまり見るないで……」
少しだけ、白い頬に朱がさした。
「あんちゃん……何処のエロ親父ですか?」
「大丈夫。何処にでもいるよ」
「……そうですね」
「あぁ」
そんな会話が交わされた後、二人はちょっと引き気味に杏香を見る。
「ちょっと、待ってもらえるかしら? 何で、そんな話になってるの? おかしくない? いえ、おかしいわ!」
机にバンッと手をついて、二人に言う。冬弥と陽幸は、一緒になって笑い出した。
「冗談ですよ」
クスクスと楽しそうに笑いながら杏香を見る。
「でも、それ以上そんな話してると、冗談じゃなくなりますよ? ね?」
悪戯っぽく笑いながら、正面の冬弥に同意を求める。冬弥は、笑いながら頷いた。
「えぇ……じゃぁ、今は此処までにしとくわ」
「またする気ですか?」
ジトーとした視線を向けると、今度は杏香が視線をずらした。
「ほら、困ってるじゃないですか!」
陽幸は、天使を見てからあさっての方向を向いている杏香に言う。
「困ってない」
「本当の事を、言っていい」
「事実を、言ってあげてください」
まだ、悪乗りをする二人に杏香はため息をつく。
「それは、誘導尋問よ」
そう言って、三人で笑っていると、天使も小さく笑った。
「笑顔。可愛いね」
微笑みながら天使に向かって小さく言うと、天使は嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、笑顔に囲まれたら幸せになれるね」
冬弥は、三人の顔を見て言った。
「生きてる時は、皆怒ってるか怯えてるか泣いてるかだったから」
思い出すようにして、冬弥が話し出す。
「もし良ければ、その話、聞かせてもらえる?」
おずおずといったように、冬弥に聞く杏香。
「むしろ、聞いてくれる?」
冬弥の黒の瞳に、少し悲しそうな色が混じっている。
「ボク達で良ければ、お願いします」
冬弥の目を、真剣に見つめながら頷く陽幸。天使も、小さく頷いた。冬弥は、嬉しそうに微笑んでから真剣な顔に変わる。
「俺、こんな性格だし、昔から友達がいなっかた。喧嘩売ってこられたら、勝てば友達に
なってくれるかなって思ったら……どんどん離れてった」
手で、握りこぶしを作って、胸に当てる。目を閉じて、悔しそうに下唇を噛む。