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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(2)未完成の城

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「なんだかどうでもよくなっちゃたよ。沙織さんを連れて帰るといい……ボクはもっと深い世界で誰にも邪魔されずに暮らすことするよ」
 闇の中へ雪夜の身体が溶けて行った。
 雪夜が消えたことにより世界が溶けていく。
 愁斗の手が煌きを放ち、自分たちの世界の扉を開けた。
「早く出よう、世界が消える」
 愁斗は気を失っている沙織の身体を抱きかかえて空間にできた裂け目の中に飛び込んだ。それに続いて全員が裂け目の中に飛び込んだ。
 気がつくとそこはもとの世界のテーマパーク内だった。全ては何もなかったようになってしまった。
 彪彦は最後の仕上げとして、沙織と久美と麻衣子――この三人組の記憶を催眠術で封じた。これで事件のことは全て忘れてしまった。これで本当に三人には何もなかったことになった。
 催眠術をかけられた時に同時に気を失った久美と麻衣子、それにまだ気絶したままの沙織を彪彦と撫子に任せて、愁斗と翔子は歩き出した。
「瀬名さん、デートどうしようか?」
「もう、デートって気分じゃなくなっちゃった」
「そうだね、じゃあ帰ろうか」
「うん」
 全ては終わってしまった。だから二人は何事もなかったように互いの手をしっかりと握り締めて帰路に着いた。

 クリスマス当日、愁斗と翔子は色取り取りに飾られた街を出て、人里離れた静かな墓地に来た。
 大きな墓地だが人の姿は二人以外ない。おぼんでもなければ人がいないのは当然かもしれない。
 愁斗は途中の花屋で買った花束を持って墓地の中を歩き、翔子は誰の墓に行くのだろうと考えながら愁斗の横を歩いた。
 今朝、食事をとっている時、愁斗と翔子はこんな会話をした。
 ――ごめんね、昨日は散々なデートになちゃったね。あのさ、デートじゃないんだけど、今日一緒に行きたいところがあるんだ。
 ――今日はひとりで過ごすって言ってなかったけ?
 ――瀬名さんは特別なひとだから、会って欲しい人がいるんだ。
 そして、翔子が愁斗に連れて来られたのは墓地であった。
 愁斗の大切な人とは誰なのだろうか?
 しばらく歩いたところで愁斗が足を止めた。
「着いたよ」
 愁斗が見つめる墓石には?秋葉家?と刻まれていた。愁斗の家族の誰かの墓ということだろうか。
 目の前にある墓が誰の墓石なのか、聞かなくても翔子は理解した。きっと、愁斗の母親の墓だ。
 愁斗が小さい時に母親を亡くしたと翔子は聞いていた。そして、父親は現在行方不明らしい。
 翔子は静かに尋ねた。
「愁斗くんのお母さんのお墓でしょ?」
「そう、僕の母の墓だよ。亡くなって随分になる」
 愁斗母親とどんな人物だったのだろうかと、翔子は想いを馳せた。きっと、愁斗は母親似に違いないと翔子は何となくだが思った。
 きっと、美人で優しくて、自分の母親と比べものにならないほどいいお母さんだったに違いないと翔子は勝手に思った。美人で優しくて、というのは翔子が想う愁斗のイメージでもあった。
 愁斗はしゃがみ込んで花束を墓石に供え、そのまま手を合わせて目をつぶった。翔子も愁斗に合わせてしゃがみ込んで手を合わせて目をつぶりお祈りをした。
 翔子は愁斗との仲をざっと愁斗の母に伝えて目を開けた。愁斗はまだ手を合わせて目をつぶっていた。
 しばらくの間、翔子は愁斗の横顔を見つめていた――。
 翔子が見守る中、愁斗がゆっくりと目を開けて、呟くように話をはじめた。
「前に母は僕が小さい頃に死んだって言ったでしょ?」
「うん」
「僕が四歳の時に死んだから、断片的な母の記憶しか残ってないんだ。でも、はっきりと目に焼きついた母親の笑顔があるんだ――僕はあの笑顔を忘れない」
「やっぱり優しいお母さんだったんだね」
 笑顔でそう言った翔子に対して、愁斗は浮かない表情をしている。
「優しい母だったと思う……、けど、その笑顔は違うんだ」
「違うって何が?」
「死ぬ間際だって言うのに母は僕に向かって笑いかけてくれた」
「…………」
「体中、血まみれで苦しくかったはずなのに、血に染まった真っ赤な手で僕を抱きしめながら笑ったんだ」
「…………」
 翔子は何も言えなかった。
 血まみれとはどういうことなのだろうか?
 愁斗の母はなぜ死んだのだろうか?
 愁斗の過去に何があったのだろうか?
 翔子は何とも言えない不安に襲われた。胸が苦しくて、悲しくて、翔子はどうしていいのかわからなかった。
「愁斗くん……」
 やっと出せた声はこの一言だった。
 愁斗は静かに呟いた。
「僕の母は殺されたんだ。それも僕の目の前で……」
 翔子には考えられない不幸であった。
「瀬名さんには僕の全てを話さなきゃいけないと思ったんだけど、ごめん、これ以上は辛くて話せないみたいだ……」
 愁斗は泣いていた。翔子は愁斗が泣くのを見たのはこれで二度目だった。
 声を噛み殺して泣いている愁斗見ているうちに、翔子も涙が溢れて来て止まらなくなってしまった。
 脳裏に焼きついた母の死に顔を愁斗は思い出して泣いていた。あの時の母の微笑を思い出すことによって、別の記憶も蘇って来る。それは、翔子が死んだ時の記憶だった。
 翔子が腹を剣で突き刺され死んだ時、あの時の翔子も死ぬ間際に愁斗に向かって微笑んだのだ。だから、愁斗は翔子を蘇らせてしまったのかもしれない。その微笑を見てしまったから……。
 愁斗は涙拭いて立ち上がった。
「僕さ、母が死んでから辛いことばっかりで……。翔子ちゃんに出逢えてよかったよ、本当によかった」
 しゃがみ込んでいる翔子は潤んだ瞳で愁斗を見つめた。
「私も愁斗くんに逢えてよかったよ」
「こんなに人生が楽しいと思えるようになったのは翔子ちゃんのお陰だと思う。翔子ちゃんが傍にいてくれなかったら、僕は何も変われなかった」
 翔子は泣きながら愁斗に抱きついた。ずっと傍にいて欲しくて、絶対放してはいけない存在だと翔子は思った。
 愁斗は翔子の顔を自分の顔に向けさせて指で涙を拭き取った。
「ごめん、僕のせいで泣いてるんだよね」
「なんで謝るの? いいんだよ謝らなくても。私は愁斗くんのこと理解したいの、だから愁斗くんの気持ちを考えたら涙が出て来たの。愁斗くんだって泣いてたじゃん、だから私も泣くんだよ」
 翔子は愁斗に抱きついてお互いを支えあう存在なのだと実感できた。
 愁斗は翔子を強く抱きしめた。とても温かくて、翔子の心臓の鼓動が伝わって来るのがわかる。
「あっ!?」
 翔子が声をあげた。
「どうしたの?」
「見て、雪だよ雪!」
 愁斗が空を見上げると、灰色の雲の中から小さな雪がたくさん降って来て、手のひらを出すとその上に落ちて、すぐに消えてしまってなくなってしまった。
 ひとつひとつは儚い雪――この雪は積もるのだろうか?
「愁斗くん?」
「何?」
「ホワイトクリスマスなんて滅多にないよ」
「そうだね」
「ロマンチックだよね」
 ねだるようにして翔子は目をつぶった。そして、話を続ける。
「雪が消えないうちに……」
 翔子は最期まで言わなかったが、愁斗の唇は翔子の唇にそっと触れた。
 目を開けた翔子に愁斗は笑いながら言った。
「積もるといいね」
「そうだね」
 雪降る中で二人は手を繋いで帰路についた。

 未完成の城(完)