傀儡師紫苑(2)未完成の城
愁斗の記憶を取り戻せたのは彼が魔導士であり傀儡師だったからだ。魔導の力を持っていない者は魔導によって封じられた記憶を取り戻すことはできない。
「僕は行くところがあるから、ごめん、また今度」
行こうとした愁斗の服を久美が引っ張った。
「待ってくださいよ、どうしたんですか?」
「急用ができたんだ」
「急用って何ですか? 私たちも連れて行ってくださいよ」
久美は愁斗の服を放さなかった。久美は自分でもなぜこのようなまねをしているのかわからなかった。ただ、愁斗ひとりで行かせたくなかった。
麻衣子も久美と同じ気持ちだった。
「愁斗先輩、どこに行くのでしたら私たちを連れて行ってください。なぜだかわからないのですが、私たちも行きたいんです。そして、誰かに会わなきゃいけないような……」
記憶が嘘をついていても、身体や心は覚えていた。
愁斗は迷った。自分の力を使えば二人の記憶を解き放つことができるだろう。だが、今ここでそれをする意味があるのか?
向こうの世界に行って問題を解決すればこの二人の記憶は自然に戻るだろう。わざわざ危険なところに二人を連れて行くべきではないと愁斗は考えた。
「僕ひとりで行きますから」
久美が愁斗の服をより一層力を込めて掴んだ。
「ひとりじゃ行かせないわ」
麻衣子が愁斗の腕を掴んだ。
「私たちも行きます」
「わかった、仕方ない」
愁斗は自分でもなぜそう言ったのかわからなかった。無理やり二人を突き放すこともできたはずだ。
「二人とも僕の目をしっかりと見るんだ」
言われるままに二人は愁斗の瞳を見た。
真っ黒で吸い込まれそうな瞳。瞳を見ているだけで不思議な術にかかってしまいそうだ。
急に久美と麻衣子が一瞬気を失って倒れそうになった。それを愁斗が同時に抱きかかえる。
「大丈夫?」
久美と麻衣子はうなずいた。二人の記憶は一瞬にして戻っていた。
「思い出したわ、こことは違う変なテーマパークにいたこと」
「沙織さんが少し変だったのですが、だんだんそんなことどうでもよくなって、いろんな乗り物などに乗って遊んでいたんです。でも、どうして愁斗先輩が?」
「二人はあの世界で不思議な体験をしたと思う、僕もそんなことができるのさ」
愁斗は近くを歩き回りながら?接点?を探した。
「ここか!」
愁斗の手が妖糸を放ち空間が煌いた。それは開かれた世界の扉。
二つの世界は繋がっている。それは距離や時間を超越し、そこにある。
開かれた扉の中へ愁斗は飛び込んだ。
二人も裂かれた空間の中に飛び込んだ。それを見ていた周りの人々は自分たちの目を疑った。
揺れが治まり、翔子はやっと立ち上がることができた。
「沙織ちゃん、私たちと元の世界に帰ろう!」
「ヤダもん、沙織帰らない」
「家族の人たちも心配してるよきっと」
沙織を説得しようとして言ったこの言葉が逆効果となった。これこそが帰りたくない理由。
「パパとママなんかいらない、沙織は帰らない!」
「帰る必要なんてないさ、ボクらはずっと子供のまま、未完成のままでいい……」
そこには雪夜が立っていた。その手には彪彦の入れられた鳥かごを持っていた。
雪夜は沙織を手放したくなかった。
「ボクらは同じ、同じ痛みを分かち合える……。ボクはボクが創り出したこの城の意味がやっと理解できた」
鳥かごを床に下ろした雪夜は微笑んだ。そして、沙織の傍らにそっと近づいた。
「ボクらにあるものは過去と現在。この空虚な城の中にはいつも誰かが必要なんだ」
この城は雪夜を象徴するもの。城とは雪夜の心であり、その中には常に誰かがいること必要だった。それが沙織だった。
沙織は涙ぐんだ瞳で雪夜を見つめた。
「雪夜くん……」
「世界は壊れてしまったけど、また創ればいいさ。けど、その前に彼女らをどうにかしなきゃいけない」
雪夜の言葉に沙織は無言でうなずいた。
撫子は雪夜に見据えられて身構えた。
「にゃ、にゃに? このスーパー美少女撫子ちゃんとヤル気!?」
戦闘体勢に入っている撫子を見ながら雪夜沙織に聞いた。
「彼女らをどうしたらいいと思う? きっとあっちの世界に還してもすぐにまたここに来ようとすると思うんだ」
「捕まえて牢屋とかに入れて置こうよ」
そう沙織は屈託のない笑みで言った。
魔導を使う才能があったとしても、目覚めたばかりの沙織には耐性がなかった。恐らく沙織も魔導に魅了されているに違いない。
雪夜は沙織の手をぎゅっと握り締めた。
「新しいマジックを見せてあげるよ」
新しいとはいったいどのようなものなのか?
雪夜の使うトゥーンマジックや世界を創り出す能力はもととなる材料が必要だった。
今は崩壊してしまったあのテーマパークも、雪夜がパソコン上でデータとして作ったテーマパークを実体化したのだ。新たな?マジック?も原理は近かった。
「ボクが沙織さんのイメージを具現化する。だから、沙織さんは彼女たちを捕まえる何かをイメージして」
それはテーマパーク造り変えた時の応用技だった。
沙織はたくさんのぬいぐるみを想像した。それを雪夜は握り締めた沙織の手から感じ取って創造する。
大中小いくつものぬいぐるみが突如いろいろな場所から現れた。この魔導を使えば銃でも戦車でも出せるかもしれない。だが、沙織の出したものはぬいぐるみだった。
ぬいぐるみが撫子に襲い掛かる。
「こんにゃのと戦うの!?」
鋭い撫子の爪がぬいぐるみを切り裂き、彼女の周りに綿が散乱する。
ぬいぐるみは決して強くもなく、攻撃をされても痛くもない。だが、その数は無限と思えるほど、次から次へと現れる。
「撫子ーっ!」
翔子が助けを求めた。撫子が翔子の方を振り向くと、翔子は人間サイズのクマのぬいぐるみに捕まっていた。ぬいぐるみと言えど、普通の女の子と変わらない翔子を捕まえるだけならば、何の問題もなかった。
「翔子のばかぁ! 捕まってどうするのって、わぁ!?」
撫子が後ろを振り返ると大波のようなぬいぐるみを押し寄せていた。これに立ち向かっても勝てない。撫子は逃げた。
幸い中身の全くない城の中は広かった。逃げ場ならばいくらでもある。
押し寄せて来るぬいぐるみから逃げ回る撫子。いつまでも逃げていてもしょうがない。この元を断たなければ。
撫子は沙織に向かって走り出した。その前に大きなぬいぐるみたちが立ちはだかる。
鋭い爪を振り回しながら撫子は沙織に接近していく。
もう、手を伸ばせば沙織に――。
「センパイ来ないで!」
沙織が叫んだのとともに撫子の身体が後ろに大きく吹き飛ばされた。
上空をくるくると回りながら吹き飛ばされた撫子は自慢の運動神経で軽やかに地面に着地した。
「近づくこともできにゃい」
それに近づいたとしても、撫子はその後どうしたらいいのかわからなかった。
できることならば撫子は沙織を傷つけたくない。では、雪夜ならば?
撫子は雪夜に狙いを定めた。だが、雪夜は沙織の近くにいる。どうやって近づけばいいの?
やはり近づくことは無理だった。撫子は追って来るぬいぐるみから逃げ回ることしかできなかった。
辺りを走り回る撫子を見て雪夜は沙織に言った。
作品名:傀儡師紫苑(2)未完成の城 作家名:秋月あきら(秋月瑛)