傀儡師紫苑(2)未完成の城
大声で呼んだ。だが、翔子の姿はどこにも見当たらなかった。
翔子が消えた!?
愁斗は辺りを隈なく探したが見つけることはできなかった。そこでケータイで翔子に電話をかけようとしたが、この世界のせいであろう、ケータイのディスプレイには圏外の文字が表示されていた。
さすがの愁斗の顔にも動揺と焦りが走った。
物陰に隠れて愁斗を見守る翔子の背後から誰かが近づいて来た。翔子は全く気がついていない。
「にゃば〜ん! 翔子ちゅあ〜ん!」
「はあぁっ!?」
翔子は変な声をあげて驚き、後ろを振り向いた。そこに立っていたのは撫子だった。
「翔子奇遇だねぇ〜、こんにゃ世界で出逢うにゃんて運命ビリビリ感じちゃうよねぇ」
「……何で撫子がいるの?」
「ちょっくら仕事に来たんだけど、まさか翔子プラスアルファに出会うとは思ってもみにゃかったよ」
プラスアルファとは愁斗と麗慈のことである。
撫子の任務の中には麗慈を捕まえることも含まれているが、できれば相手にしたくない。ここは愁斗に任せようと撫子は考えた。
「あの、撫子どうにかしてよ」
翔子は戦いをはじめている二人を指差して言った。だが、そんなことを言われても撫子は困るだけだ。はっきり言って撫子の力では二人をどうすることもできない。
「ムリムリィ、アタシはか弱い女の子だもん。それに仕事もあるしぃ〜。どうする翔子?」
「どうするって何が?」
「ここにいてもきっと巻き添え喰うと思うしぃ、見たくないものまで見ることになるかもしれないよ」
途中から撫子の口調は真剣なものに変わっていたのを翔子は気づいただろうか?
『見たくないもの』とはいったい何なのであろうかと翔子は考えた。今の自分が知るべきではないものなのか。
「見たくないものって何?」
「それはひ・み・つ。知らにゃい方が翔子のためだよ〜ん。だから、アタシと一緒にここを離れるか、それともここに残るか」
「う〜ん」
見てはいけないと言われると恐いも見たさで見たくなる。
「早く決めてよ、アタシここにいるの嫌だから。今でも吐きそうにゃくらいツライ」
「でも……」
「アタシに付いて来ても危険な目に合うようにゃ気がするけど、ここよりはマシだと思うよ。決めるのは翔子だよ」
選択肢はいくつかあった。この場に残るか、撫子と行くか、それとも自分ひとりでどこかに行くか。
翔子は決めた。
「撫子と行く。だって、聞いた話だと撫子も結構強いんでしょ? 私のこと守ってね」
「大丈夫、翔子はアタシが命に代えても守るから」
撫子は翔子の手を掴んでこの場から急いで逃げた。
走り出してすぐに電気が身体を走るような感覚を撫子が感じた。
「翔子耳塞いで!」
わけもわからず翔子は撫子に言われて耳を塞いだ。この時、〈闇〉がこの世に呼ばれていた。
撫子は耳を塞いでいるのにも関わらず身体がビリビリした。
耳を塞ぎながらだいぶ走ったところで、やっと撫子が耳から手を外したのを見て、翔子も耳から手を離した。
「どうして耳を塞いだの?」
「この世のものじゃにゃい声が聴こえるから……ぶるぶるぅ〜」
撫子が〈闇〉を見たことがあるのは一度だけだが、その恐怖は今でも鮮明に忘れることのできない記憶として身体に染み付いている。身体に巻きついた〈闇〉の感触は忘れることができなかった。
二人は走るのを止めて歩くことにした。撫子は体力が有り余っているが、翔子は息が上がってしまっている。
「翔子死ぬ間際の表情してるよ、体力ナサナサ〜」
「だって撫子に合わせて走るのに全速力で走ったから、息が切れるのも当たり前でしょ」
「あれでも低速で走ったんだけどにゃ〜」
「十分私の全速力だった」
息を落ち着いてきたところで翔子は改めて辺りを見回した。
人々やきぐるみと思われる動物たちが、無邪気な子供のように歩いたり乗り物に乗ったりしている。多くのきぐるみが歩いている時点で不自然な感じがするが、それよりも空気を伝わって来る何が可笑しい。
「撫子、いったいここは何なの?」
「異世界って感じかにゃ、見たまんまの世界だよ。小学六年生の芳賀雪夜クンが創り出した世界としか今のところ知らにゃいけど」
「沙織ちゃんたちがいるのは知らないの?」
撫子はいったん歩くのを止めて翔子の顔を思いっきり見た。
「にゃに〜っ!?」
「麗慈くんが、沙織ちゃんたちがいるって言ってから」
「オーマイゴッド! にゃんでどういう経緯で!?」
「私に聞かれても知らないって……沙織ちゃんの友達が二人って言ってから、たぶん久美ちゃんと麻衣子ちゃんもいるんだと思う。それも、どうやら沙織ちゃんはその芳賀くんって子に好かれてるみたいで、ここに連れて来られたみたい」
「……はぁ、助けにゃきゃね」
撫子は頭を抱える動作をして『う〜』と唸った。翔子と愁斗に出会っただけでも予定外の出来事だったのだが、そこに加えて女子三人組までもがいるとは、撫子は困り果てた。
赤の他人であれば撫子は冷たく見捨て、平気で殺すこともできる。だが、それが知り合いとなると撫子はどうにかしなければと使命感に燃えてしまう。撫子は友達とか友情と言う言葉に弱かった。
うな垂れる撫子に翔子はガッツポーズをした。
「撫子ファイト!」
「……あのさぁ〜、芳賀クンに連れて来られたってことはさぁ、今回の事件のど真ん中にいるってことだよねぇ」
余計に撫子はうな垂れた。
しばらく歩いていて翔子はどこに向かっているのか気になった。
「あのさ、私たちってどこに向かって歩いてるの? 適当ってことはないよね?」
「あれ」
撫子は遠くに見える城を指差した。
二つの世界のテーマパークが混ざり合っても、あの城がこの世界の象徴であった。そして、あの城は雪夜の象徴でもある。
城を眺めた翔子は小さく呟いた。
「寂しい感じのする城だね。周りは全部明るくて楽しそうなのに、あの城だけが周りから隔離されてる感じ」
「あの城ににゃにかあるって報告受けてるんだけど、できれば行きたくにゃい」
「どうして?」
「翔子はわからにゃいかもしれにゃいけど、城に近づくに連れて身体がビリビリするんだよ」
「嫌な感じがするってこと?」
「それはわからにゃいけど、大きな力があそこに溜まってるのはたしかだね」
だいぶ城に近づいて来たところにあった観覧車乗り場を翔子はふと見て叫んだ。
「久美ちゃんと麻衣子ちゃんだ!」
「ドコドコ!?」
「観覧車乗り場から出て来た」
「行くよ翔子!」
撫子は翔子を置いて全速力で走った。
久美と麻衣子がちょうどベンチで休もうとした時に撫子は二人の前に到着した。
「二人とも久しぶりぃ〜!」
撫子に気がついた二人は少し驚いた顔をしながらも嬉しそうな顔をした。
「撫子先輩こんにちは」
麻衣子が丁重にお辞儀をしながら挨拶をするのに対して、久美はちょっと頭を下げて挨拶をした。
「お久しぶり」
この場に翔子が息を切らせながらやっと到着した。
「二人とも……こんにちは……」
両膝に手を置いて肩で息をする翔子を心配してすぐに麻衣子が駆け寄って来た。
「大丈夫でしょうか?」
「うん、私なら平気。それよりも二人とも私たちと一緒にこの世界から出ましょう」
作品名:傀儡師紫苑(2)未完成の城 作家名:秋月あきら(秋月瑛)