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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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 誰も口を開かず、うつむいていた。
 紫苑が女性の腕を掴んだ。
「おまえ以外は置いていく」
「ど、どうしてよ、みんなで逃げましょうよ!」
 女性は床に座る生気のない人間たちに声をかけるが、誰も立ち上がろうとしない。
 紫苑は女性の腕を引っ張り、冷たく言い放った。
「ここにいる者たちは外の世界に戻っても、生きていけない」
「どうして!?」
「魂が傷つき過ぎたのだ」
 紫苑は女性を強引に片腕で抱きかかえて走り出した。女性を抱きかかえるために妖糸の補助も使用している。
 廊下に戻ると、すでに爆発まで一二分となっていた。
「少し時間がないな」
 走り続け、前方に蜘蛛巣が見えて来た。あの巨大蜘蛛もいる。
 女性を一度地面に降ろし、紫苑は妖糸を振るった。――空間を裂けた。
「行け!」
 紫苑の合図とともに裂け目から〈闇〉の触手が伸び、蜘蛛を捕らえて還っていく。
 再び紫苑に抱えられた女性は恐ろしい光景を目の当たりにして、紫苑の腕の中で声も出せずにぶるぶると震えていた。
 爆発まで後八分。
 走り続けていた紫苑の足が再び止まり、女性を床に降ろした紫苑は上を見上げた。
 天井には扉が開いている。紫苑が研究所内に侵入した外と繋がる扉だ。
 妖糸が外に伸び、紫苑は妖糸を引っ張り、何かに固定されたことを確認した。
 自分の身体に妖糸を巻きつけ、片腕には女性を抱えた状態で紫苑の身体が浮いた。妖糸によって二人の身体が持ち上げられているのだ。
 墓地の戻った紫苑はなおも女性を抱えながら走った。
 地面の底で轟音が鳴り響き地震が起きた。
 地盤が沈下していく。そして、紫苑の足元が地面の底に呑み込まれそうになった時、紫苑は高く飛翔した。
 地面に着地する紫苑。その真後ろの地面は陥没していた。
 紫苑は女性を地面に降ろして言った。
「私のこと、そしてここであった全てのことを他言するな。それがおまえのためだ」
「…………」
 女性は沈黙しながらも深くうなずいた。もし、他言すれば自分がどうなるか、この女性にはわかっていた。
 紫苑は女性をここに置き去りにして立ち去ろうとした。だが、女性ははっとして最後の気力を振り絞って叫んだ。
「こんなどこだかわかないところに置いて行かれても困る!」
 紫苑の足が止まり、仮面の顔が振り向いた。
「あと、自分の力で家まで帰れ」
「嫌よ、置いていかないで! 人がいるところまで連れて行ってよ!」
 女性は紫苑の右腕を掴み、激しく揺さぶった。
「置いていかないで、お願いだから!」
「仕方あるまいな……私の知り合いに向かいに来てもらおう」
 ケータイを取り出した紫苑はある女性に電話をかけた。
「亜季菜さん迎えに来てください」
 紫苑の口調は明らかに違っていた。柔らかな口調で落ち着いている。先ほどとはまるで別人のようだ。
《こっちは指定の場所で待っているのよ、今更替える気なの?》
「いえ、ヘリを奴らの研究所に寄越してください。僕はそちらに向かいますから」
《研究所はどうなったのよ? それにあなたがこっちに来るって、ヘリは何のために必要なの?》
「研究所は壊滅しました。女性をひとり助けたので、その人の保護をお願いします」
《ふ〜ん、あなたが人を助けた……か。まあいいわ、そっちにヘリを向かわせるわ》
「ありがとうございます」
《こっちは忙しいのだから早く来なさいよ》
 電話は向こうから切られた。
 ケータイをしまった紫苑は女性に顔を向けた。
「迎えが来る。ここで待っていろ」
 声をかけられた女性はきょとんとしている。電話で話していた紫苑とのギャップに驚いているのだ。
 返事もしない女性を紫苑は再び置き去りにして行こうとした。
「待って、行っちゃうの!?」
「向かいが来る」
「でも、ひとりでこんなところで待つなんて嫌よ!」
 夜の闇は深く、元墓地であったここは森に囲まれ静寂に満ち溢れている。こんなところで女性がひとりでいられるわけがない。
「ヘリが来るんでしょ? それまでここに一緒にいてよ」
「私にできることは終わった。連れが待っているのでな」
 紫苑の手から妖糸が放たれ女性を拘束した。
 女性は何かを言おうとするが口が開かない。
 動けなくなった女性を尻目に、紫苑は闇の中に溶けていった。

 星稜祭前の三日間は授業がなく、星稜祭の準備が全校生徒総出で行われる。
 文化部は部の出し物の準備をし、運動部でも屋台などをやったりし、クラスではクラスの出し物がある。
 演劇部もこの日は朝早くから練習をすることになっていた。
 舞台の上で他の部員を待っているのは二人――隼人と麻那だ。
「みんな来ませんねぇ〜」
 呑気な口調で言う隼人を麻那は睨みつける。
 もし、自分たち以外に誰も来なかったら、それは全部自分のせいだと麻那は思って、酷く取り乱すに違いない。
「来るわよ……たぶん」
 麻那には自信がなかった。もしかしたら、自分たち以外は誰も来ないのではないかと内心では思っている。
 不安で胸が苦しくなり、麻那はうつむいてしまった。昨日の夜もよく眠れなくて、朝起きたら目の下に隈ができていた。
 麻那はポケット中に手を突っ込んで、そこに入れてあった物に気がついた。
「そうだ、さっき買ったんだった」
 ここに来る前に買ったコーヒーと炭酸飲料。麻那は炭酸飲料を隼人に差し出した。
「はい、隼人PONTA好きでしょ?」
「あ、うん、ありがと」
 二人は同時に缶を開け、飲み物を少し喉に通した。
「ぷはぁ〜っ、やっぱりPONTAはオレンジが一番だよね」
 満足そうにジュースを飲む隼人を見て、麻那は微笑を浮かべた。その笑みはとても温かかい。
 時間が流れていくが、誰も来る様子がない。もしかしたら、本当に誰も来ないのかもしれない。麻那の不安が募る。
「来ないのかな……みんな」
「大丈夫、きっとみんな来るさ。あんなことで水の泡なんて、せっかく練習して来たんだから」
 隼人は麻那に微笑みかけるが、麻那の心配は解けない。
 客席を駆け下りてくる音が聴こえた。
「にゃば〜ん! 遅れてゴメンにゃさ〜い」
「私まで遅れてごめんなさい」
 舞台に上って来たのは撫子と翔子だった。
 二人が来てくれたことにより、麻那の心は少し落ち着いた。
「よかった、翔子来てくれたんだ。翔子が一番来てくれないんじゃないかって心配だったのよね」
「私が練習サボると思ってたんですか? 今日遅れたのはこいつのせいですよ」
 翔子は?こいつ?の腕を引っ張って、麻那の前に突きつけた。
「アタシが行けにゃいんですぅ。アタシが寝坊して翔子との待ち合わせに遅れたからぁ。アタシ、どんな罰でも受けますから翔子を責めにゃいでください。煮るにゃり焼くにゃり召し上がるにゃりしちゃってくださ〜い」
「許すから、そんな潤んだ目であたしのこと見ないでよ。それよりも許して欲しいのはあたしの方……翔子、こめん」
 麻那は翔子に向かって勢いよく頭を下げた。
 頭を下げられた翔子の方が戸惑う。麻那が人に頭を下げるなんて、翔子は信じられなかったからだ。
「あ、いいです、もう気にしてませんから、私の方こそ練習抜け出してごめんなさい。私が飛び出した後、練習ちゃんとできたか心配で……」