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九宝 阿音清
九宝 阿音清
novelistID. 31190
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一夜の邂逅

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 舞の言う通り、俺はこんな生活に疲れて逃げたくなった。周りの裏切りに神経を集中し続けて、疲れが来ていた。また逃げて一からやり直そうかな、と思っていた。そんな時だ。
「警察だ!」
組員たちの恐怖の叫びが聞こえた。特殊部隊を投入されたんだ。警視庁のSATには勝てなかった。前々から目をつけられてることは知ってたんだが、対策が後手に回ったんだ。
 惨劇だよ。次々と組員は死んでいった。サツはこっちが実弾で応戦するのを見越して最初から厳重装備だった。しかも、ここなら隠蔽できるってところに本部おいてたからな、手は出せなかった。
 俺は逃げたよ。社会に捨てられ、社会のつまはじき者にも捨てられ、あげく俺にも捨てられた組員たちを残して。俺は社会のやつらを憎んでいたが、自分もやつらとやってることは変わらなかった。
 俺は過去を捨てたかった。もう、自分が幸せだったころ、一番輝いていたころの記憶を捨てたかった。小学校の時の友達、中学校の時の友達、みんなが疎ましかった。みんなは社会に騙され、社会の歯車の一部となって生活している。本当は社会の影におびえながら暮らしているのに、誰もそのことには気がつかない。特に、一番仲が良かった、一番頭の良かった女、篠田舞、彼女だけは許せなかった。もう俺のことなど忘れて勉学に勤しんでいるだろう。そして、これから出世ロードを歩くんだろう。俺のことを忘れて社会にのうのうと生きている姿を想像したら虫唾が走った。殺さなければ、そう思った。それで、おふくろの家に侵入して、住所録をパクってきた。お前を殺すために俺は走ってきた。そして、玄関前で待っていたんだ。そしたらお前ときたら第一声は…。


 僕はハッとした。僕は真っ先にこう言ったのだ。
「え、有馬…だよね?」
 僕は小さく笑った。そうだったのか…。
「有馬、しばらくここにいる?」
「え?」
「お父さんしばらく帰ってこないし、ここに泊ってく?」
有馬の目が見開かれた。有馬はぼそっと言った。
「いや、お前には迷惑をかけらんない…。」
「いいから、だって…」
ここから出ていったら、もう有馬とは二度と出会えない気がした。僕はそう言ってゆっくりと有馬の隣に座った。
 有馬の顔から涙がこぼれた。ありがとう、の形に口が動いたが、もう彼の喉から声を出すことはできなかった。
 
 有馬とともに布団に入る。二人での営みについて、僕は何も書かない。ただ、充足していたことは確かだ。満ち足りた気持ちで二人で終えた後、有馬を見た。
「ねえ、有馬…」
しかし、なんの返事も返ってこなかった。有馬はすうすうと寝息を立てていた。その顔は穏やかで、見ていてとても美しかった。ただれて異形の顔となっても、無防備な、そんな有馬の顔を見ているのが幸せだった。
「疲れてるんだね、有馬。おやすみ。」
僕はそういうと、有馬の胸に顔をうずめた。昔の思い出が次々とよみがえってくる。僕は夢の世界に引き込まれた。



「ん?」
僕はハッとして目覚める。その時違和感に気づいた。
「有馬、どこに…」
「しっ!」
有馬に口を塞がれた。
「いいか、黙ってろよ、舞は何も言うな。」
有馬は囁くように言うと、じっと外を睨んだ。カーテンの隙間からそっと覗いてみる。
「武藤有馬!そこにいるのは分かっている!投降しろ!!」
拡声器で叫んでいるのは、昨日会った黒田さんだ。ばれたんだ…!
「ど…どうするの?有馬。」
「とりあえず、服を着ろ。少し乱れた感じでいい。」
僕は言われたとおりにする。有馬は僕に
「少し我慢してろ。」
そういうと、僕をいきなり羽交い絞めにしてロープで縛る。
「なっ、何を…」
「いいから黙ってろって言ってるだろ。」
僕は有馬の目に浮かんだものを見て驚いた。
「どうして泣いてるの…?」
有馬は無言でカーテンを全開にした。外に並んでいる特殊な装備をした人たちが身じろぎをした。たぶんSATだ。
「おい!今下手な動きをしたらこの女を殺すぞ!」
と、神田さんが前に出てくる。
「落ち着くんだ、武藤悠馬。君は間違っている。一刻も早く投降しろ。その子を離すんだ。」
僕はハッとした。まさか…。
「昨日この子に会ったとき、ひょっとして君が脅していたのか?」
神田さんが言う。有馬は薄く笑った。口の端がめくれただけの笑い…。
「その通りさ。」
有馬の声はぞっとするほど怖かった。僕は有馬をじっと見た。その時、有馬が耳元で囁いた。
「逃げろ…」
僕はハッとして暴れた。ロープはあっさりほどけた。最初からきちんと縛ってなんかなかったんだ。慌てて離れた瞬間、SATの隊員が突入してきた。もみくちゃにされた有馬はあっさりと確保される。僕はそれを黙って見ていることしかできなかった。
「もう大丈夫ですよ。篠田舞さん。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。」
「神田さん、彼と話させてもらっていいですか?」
 神田さんは目を瞬き、軽く笑った。
「ええ、いいですよ。」
 僕は有馬に近づく。すでに手錠をかけられた有馬は僕を見て薄く笑っていた。だが、僕はその奥のきらきら光っている瞳に気づいていた。勇気を振り絞って声を出す。
「神木有馬…罪を償ってきてください。僕は、有馬が罪を償って出てくるのをずっと待ってます。」
有馬の目に涙が浮かびかけ…口をぎゅっとかんで連行されていった。僕はそれを見送ることしかできなかった。



 事態の変化とは想定外の時に訪れるものだ。

   学校一の才女、犯罪集団に襲われる

 氏名こそ公表されていないものの、週刊誌にそこまで書かれれば、僕が学年トップだと学校中のやつらにばれるわけで。ただでさえ皆から注目を集めているというのに、さらに話題を持ってくるようなことになって面倒くさい。だが、最近、こうやってみんなと話すのが少しずつ楽しく思えるようになってきた。
 成績至上主義者たちも、有馬や有馬が出会った他の人たちと同じく、社会の歯車に過ぎず、周りの目におびえ、その期待に添うように動いているにすぎない。僕はそれに気づいて、前より柔らかくなった。そのせいか、前より友達も増えたし、告白されることも出てきた。全部断っているけど。
 懲役15年の有馬が出所するのは30歳を超えたとき。それまで僕は彼を待ち続ける。

 それが、今の僕のささやかな楽しみなのだ。
                  
                   <了>
作品名:一夜の邂逅 作家名:九宝 阿音清