表と裏の狭間には 十四話―様々な変革―
ゆりの指示で飲み物が配られる。
立派なガラスのコップだ。
………どうしてワイングラスなのかはさておき。
中身、酒じゃないよね?
うん、冷たい緑茶だ。
「二人とも、我が家にようこそ!二人の入居を祝い、乾杯!」
『乾杯!』
掛け声とともにグラスが突き出される。
俺も、戸惑いながらもグラスを突き出して乾杯する。
雫も、展開についていけないようだ。
まぁ、謎のハイテンションを突然突きつけられたらなぁ。
「とりあえずお寿司食べましょ。人数分注文してあるから一皿全部食べなさい!特上よ特上!ちゃんと食べないと怒るわよ!」
俺たちの前には、確かに寿司の皿(?)が一つずつ置かれている。
中身もトロ、サーモン、ブリ、エビ、ウニなどの高い寿司が目白押しだ。
更に、太いネギトロ巻きもある。
………旨い。
このネギトロ巻き、脂がしっかりしていて、柔らかく、旨味がある。
これは確かに特上だ。
「これ旨いっすね!」
「でしょう?この前見つけたお寿司屋さんなのよ。」
そんな、他愛もない会話が繰り広げられ。
食後。
「じゃ、そろそろマジな話を始めましょうか。」
食器やグラスを下げて。
代わりに熱いお茶の入った湯飲みが俺たちの前にある。
「マジな話?」
「ええ。まぁ、共同生活なわけだし、ある程度のルールは必要でしょ?」
「まぁ、そうだな。」
「あたしは学生寮みたいに門限やら就寝時間やらを設定するつもりは無いし、男女を厳格に分けるつもりもないんだけどね。」
「というか『家』であって『寮』じゃないんだから無理だろ。」
「まぁそれはともかく。あたしは特に厳しいルールを設定するつもりは無いんだけど、最低限のルールは設定してあるのよ。」
「まぁ、そうだろうな。」
家族間でもルールはあるわけだし。
しかも、他人で、しかも大人数が共同生活を送るとなれば。
もっと明確なルールが必要になるだろう。
「で?そのルールって?」
「ルールってほど明確なものじゃないけど、生活スケジュールの話よ。」
「スケジュール?」
「ええ。決まっているのは食事の時間だけだけどね。朝、夜は七時。これは平日ね。休日は皆起床時間がバラバラだから、朝は自由よ。昼は十二時ね。」
「へぇー………。」
結構普通なんだな。
「お風呂は、好きに入っていいことになってるわ。夕食後にね。脱衣場にカードがあるから、入り終えた人はそれにチェックを入れること。最後に入った人は風呂の水を抜いて掃除すること。こんなもんね。」
本当に簡単なルールだな。
「後は、当番があるのよ。」
「当番?」
「ええ。食事当番、洗濯当番は……流石に男女別にしてるわね。後は一階と二階の廊下の清掃よ。」
「へぇ。」
「これは基本的に順番で回してるわ。んで、当番の人間は朝六時には起床する。洗濯当番は洗濯、掃除当番は廊下のモップがけ、料理当番は朝食を作る。で、朝七時前に寝てる人を起こして回る。休日は起こさなくていいけどね。」
「なるほど。」
結構ちゃんとしてるな。
「でも、洗濯を分けてるって、どうやんだ?」
「ああ、その説明がまだだったわね。ちょっと来て。」
ゆりに促されて食堂を出る。一階の廊下の中で、一番食堂よりの扉の前まで来る。
「うちの風呂は脱衣場が二つあるの。右が男子、左が女子よ。煌、男子のほう案内して。」
「分かった。紫苑、こっちだ。」
煌に連れられて脱衣場に入る。
雫も、ゆりに連れられて入っていった。
「で、まぁこんな感じだ。」
「おぉ。」
広々とした脱衣場には、大きな洗面台と、青い洗濯機が置いてあった。
なるほどねぇ。
「で、こっちが浴場だ。」
磨硝子の引き戸を開けると、白を基調とした浴場があった。
大きな湯船が特徴か。
シンプルな造りだが、清潔感漂う浴場だ。
「おっ、あんたたちもこっちに来たのね。」
もう一つの扉から、ゆりたちが出てきた。
「風呂場はこんな感じよ。まぁ、特に特筆すべき事は無いわ。」
と、いうことで。
「じゃ、ドアの前に来て。」
そう言われて、ドアの前に出る。
「いい?これがチェックシートよ。」
右と左、二つのドアの間に、日捲りカレンダーのようなプレートがかけてあった。
なんだか表のようになっていて、上から①~⑨の数字が書いてある。
そして、紙が貼ってあるプレートには、ペンがついている。
「この数字は部屋番号よ。お風呂に入り終わった人は、自分の部屋の数字の横にチェックを入れること。紫苑の部屋は⑧番、雫ちゃんの部屋は⑨番ね。」
「分かった。」
「はい。」
「これで終了よ。うちの設備は好きに使っていいわ。遊戯室はテレビゲームやパソコンゲームとかも出来るわ。ただし大衆向けゲームだけにしてよ。マニアックなやつは部屋のテレビを使いなさい………って言ってもあんたたちは大丈夫か。映画室………映像室?煌、アレ何て言うんだっけ?」
「ひょっとして、シアタールーム、か?」
「そうそれよ!我が家にあるDVDやらブルーレイの類はそこに保管してあるわ。まぁ、それも普通のやつだけだけどね。大抵のアニメとかならあそこにあるわ。書庫も同じよ。まぁ、普通の高校生が読む本ならあそこに揃ってるわ。ま、使ってるうちに分かるでしょ。」
ゆりの説明はそれで終わりのようで、そのまま食堂に戻る。
「そうだ。紫苑、ちょっと。」
「ん?」
俺はゆりに連れられて、ある部屋に入る。
「ここは居間よ。我が家で唯一畳張りの部屋ね。ちょっとそこに座りなさい。」
今は広々とした和室で、テレビと机、冷蔵庫があるだけの部屋だ。
「ちょっと話し辛いんだけど、お金の話よ。それはあなたでよかったのよね?」
「ああ。そうだ。」
まぁ、確かに話し辛いな。
でも、金の話は大事だからな。
「基本的に財産はそれぞれのものだけど、共同費用を貰ってるのよ。食材や、皆が使うようなものを買うときに使うわ。後は光熱費ね。それで、大体それぞれの財産に応じた金額を出して貰ってるの。あなたたちは、月々いくら出せそう?」
「まぁ、俺たちはそこまで不自由しているわけじゃないんだが………。大体いくらくらいなんだ?」
「そうね………。蓮華はそこまでお金持ちじゃないから月一万円くらいね。理子が二万、礼慈が三万円くらいよ。あたしはかなりお金があるから五万円、煌たちも結構お金持ちだから一人四万円くらい出してくれてるわ。」
「へぇ。結構バラバラなんだな。」
「まぁ、ここは『寮』じゃなくて『家』だからね。さっき煌も言っていたけど、あたしはそう思ってる。何もかもビシッと決められた『寮』じゃなくて、温かで柔らかい、そんな『家』でありたいと思ってるのよ。だから、こう言っちゃなんだけど、お金を一杯持ってる人が、そうでない人を助けるような形になってるわ。お金の話だけじゃないわ。色々な当番とかも、用事とかで出来ない人と替わってあげたり、そうやって助け合ってるのよ。だから、無理して沢山のお金を出さなくていいわ。あくまで、あなたが『これなら平気』だと思える金額を出しなさい。」
「『家』か………。」
確かに、ちょっと過ごしただけでもここの雰囲気は分かった。
ここの住人は、皆見知った仲で。
それぞれがそれぞれに信頼し合っていて。
それぞれが、助け合っているのだろう。
作品名:表と裏の狭間には 十四話―様々な変革― 作家名:零崎