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てっしゅう
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「愛されたい」 第八章 約束の日

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「高志が後4年大学に通うから、どんなに早くてもその後になるよ。わたし50歳になっちゃう」
「区切りがいいよ。智子さんの50歳の誕生日に一緒になろう」
「50歳の誕生日に?」
「そう、いつになるのかな?」
「7月7日よ」
「それはいい。おれが彦星になるのか」
「彦星なら一年に一度しか逢えないわよ」
「それは困るな。一年に一度ぐらいしない日があってもいいけど」
「バカ!そんなことばっかり考えてるの!最低・・・」
「怖い顔するなよ・・・でも、智子さんの怒った顔、可愛いよ。嫌いじゃない」
「私は嫌い!こんな顔させるあなたが・・・もし子供たちに話して許してくれるならあなたと一緒になりたい。夫とはもうどうでもいいの。向こうもそう思っているだろうしね」
「早く話してよ。子供たちだって智子さんが辛い思いをしていること知っているんだろう?おれのところとは違って大人なんだから」
「うん、知ってるよ。高志なんか離婚してもいいよって、言ってくれたこともあったし。有里はまだ反対のようだけど」
「よく話しているんだな、親子で。いいことじゃないか。おれのところはあいつの言っていることを全部信じて大きくなったから、おれが会ってもきっと軽蔑されるんだろうって嫌になるよ」
「そんな事無いよ。お父さんにきっと逢いたいって思っているわよ。信じてあげて」
「智子さん・・・ありがとう。涙が出てくるよ、娘の事思うと・・・」

横井がどれだけ娘に逢いたいのか智子には切ないほど感じられた。


智子は聞こうかどうしようか迷っていた。真実を知るということの残酷さを知らされるのが嫌だったからだ。もし娘の名前が美咲だったら、そして母親の姓が高橋だったら、横井との再婚は高志の交際如何で夢となって消えるからであった。

「ねえ話題変えましょう。ここから妻籠宿って近いんじゃないの?」
「国道に抜ける道沿いにあるよ。1時間もかからないと思うけど。行きたいの?」
「ええ、買ってゆきたいものがあるの。もう売っているかしら」
「何?食べるもの」
「うん、栗きんとんよ。名前忘れたけど駐車場から近い入り口にあるお店のものが美味しいのよ」
「良く知っているね。誰かと買いに来たことがあるの?」
「夫よ、って言ったらどうする?」
「意地悪してるの?さっきの仕返し」
「そう・・・ウソよ。実家の父が良く話していたから思い出したの。とっても自然な味で本当の栗の味がするって話してたわ」
「良かった・・・じゃあ買に行こう」

雨が弱くなって止みそうになっていた。妻籠宿の駐車場から二人は手を繋いで栗きんとんのお店まで歩いた。幸いこんな天気だったので売り切れていなかった。横井は自分の分も買って車の中で食べようと言った。買い終えて、中仙道の町並みを少し歩いた。人影もまばらな雨上がりの街道は情緒たっぷりで、いにしえにタイムスリップしたような感覚に二人を誘っていた。

「こんな時代に私たちが生きていたら、きっとこうして不倫なんか出来なかったわよね。それこそ駆け落ちして最後は心中するみたいな・・・行雄さんはそうなったらどうする?」
「そうなったら・・・おれは最後まで智子さんを守る。出来ないと思ったら、その時は一緒に死ぬ。怖くなんか無い。愛する人と一緒なんだから」
「行雄さん・・・嘘でも嬉しい」
繋いでいた手をぎゅっと強く智子は握り返した。答えるように横井は智子の顔を見て、
「絶対に離さない」そう言った。

横井への思いが強くなればなるほど気になってゆくことがあった。このまま聞かないで逢い続けることは無理だと思った。

妻籠宿を離れて車は帰路に着いた。もう雨は完全に上がっていた。名古屋市内まで戻ってきたときは辺りが薄暗くなっていた。

「今日はありがとう。楽しかった。一緒にお風呂にも入れたし、美味しい栗きんとんも買えたしね。今度逢える日を楽しみにしているよ。約束忘れないでね」
「私も楽しかったわ。こんな思い何年振りかしら・・・いや、初めてかも知れない。行雄さんと出逢わなかったらこうしていなかったんですもの、これも運命なのかも知れないって、ずっと考えてた」
「そうだよ!運命なんだよ。回り道してるけどおれたちは出逢って、一緒になる運命なんだよ」
「行雄さん・・・そうなれるといいけど」
「意味ありげな言い方をするね」
「迷っていたけど、言わなければいけないことがあるの」
「どうしたの?心配なことなのかな」
「気になって仕方ないことだからこのまま家に帰れないって、そう思ったの」
「ちょっと待って。車どこかに停めて聞くから」

横井は高速を降りて、城が見える公園に車を置いた。

「お待たせ。話してくれないか?」
「はい、行雄さんの娘さんってお名前なんと言われるの?」
「娘の名前かい?みさきって言うよ。美しく咲くって書くんだ」
「美咲さん・・・お母さんの苗字は・・・高橋じゃない?」
「どうして知ってるの!誰かに聞いたの?」

やっぱりなのか、恐れていたことが現実になってしまった。

「息子の高志が交際しているお嬢さんが美咲さんなの。この前家に遊びに来て少しお話したの。離婚のことや、あなたの別れた奥様のことなんかも。ゴメンなさいもっと早く言うべきだったのに」
「それは本当のことなのか?人違いじゃないのか?」
「本当のことよ。もう私たち逢えなくなってしまうわね。こんな事になるなら逢わなきゃ良かった」
智子は悲しくなって涙がこぼれてきた。

「逢えなくなんかならないよ。何故そんなこと言うんだい?」

智子が言おうとしていたことは、横井の気持ちを大きく揺さぶった。


「高志は美咲さんのことが好きなのよ。美咲さんも高志のことが好きなの。ずっとお付き合いして将来結婚を考えたとしたら、私と行雄さんが一緒になんかなれないのよ。解る?」
「兄弟になってしまうって言うことか?」
「そうよ。愛し合っている二人が兄弟になってしまうなんてそんな悲しいことは決してしちゃいけないことよ。だからこのことを知ってしまった以上、もう逢ってはいけないって思うの。違う?」
「違うよ。おれが智子さんを好きなことに変わりは無いよ。智子さんだって同じだろう?まずそのことを聞きたい」
「もちろんよ。行雄さんと同じよ。どうすればいいの?ずっと不倫を続けるの?美咲さんや高志に内緒でこのままの関係を続けたいの?教えて・・・」
「待ってくれ・・・直ぐに考えられないよ。とにかく結婚できるのは4年後だから、それまでは様子を見ようよ。学校を卒業したら別れてしまうかも知れないし、どちらかに他に好きな人が出来るかも知れないし。結論を今出すことは無いよ。智子さん、おれと今すぐ別れるなんて言わないでくれ・・・こんなに好きなのに、辛いよう・・・」

横井の目からも涙がこぼれだした。男の人が葬式や結婚式以外で泣くのを始めて智子は見た。自分のために泣いてくれている行雄に母性なのだろうか、すべてを許して慰めてあげようと思った。

「行雄さん、辛い思いをさせてゴメンなさい。私もあなたと同じ気持ちよ。今度逢う日じゃなくて、今日で構わないから好きにして・・・」
「智子さん・・・ありがとう」
「ありがとう・・・なんていや。私もそうしたいんだから・・・」
「うん、じゃあ車出すよ」