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てっしゅう
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「愛されたい」 第八章 約束の日

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第八章 約束の日

横井は身体を放した。エンジンをかけて車をスタートさせた。智子は唇に余韻が残っていた。何年ぶりにキスなんかしたのだろう。忘れていた感覚が甦っていた。

車は坂道を下って川沿いにある温泉場に出た。横井は前に来たことがある山沿い側の新しい旅館に車を停めた。フロントで入浴だけしたいことを伝えると受付の係りに快く応対を受けた。
「本日はお客様も少ないですので、よろしかったら貸切の露天風呂ご利用なさいますか?天井がありますので雨に濡れませんからご安心なさって下さい。料金は2100円になりますが」
チラッと智子の顔を見た。首を横に振ったが、横井は
「では貸切でお願いします。タオルは貸して頂けるのでしょうか?」そう返事をした。
「行雄さん・・・」とだけ智子は言った。係りの人からは夫婦に見られているのだろう。断ることも変に思われそうで言い出せなかった。

「はい、バスタオル二枚と普通のタオル二枚お貸ししております。ご利用くださいませ。場所は大浴場の奥になります。貸切と書かれてある扉からお入り下さい。鍵はかかりませんので、入り口の札を入浴中にして置いてくださいませ。お時間は一時間となっております。どうぞごゆっくりなさって下さい」
「ありがとう。とてもご親切にして頂き嬉しいです」
横井は智子を促して風呂場に歩いていった。

「行雄さん、私ご一緒になんか入れませんよ」
「僕のバスタオル貸してあげるから、巻いて入ればいいよ。いいじゃないか、温泉なんだし」
「待ってますから先に入ってください」
「そんな事言うもんじゃないよ。好きどうしなんだろう?構わないじゃないか。何もしないから・・・」
「恥ずかしいんです。自信ないから・・・」
「何言ってるの。どこが恥ずかしいの?じっと見たりしないから」
「行雄さんは男性だからそんな事いえるのよ。女性はこの年になると無理なの。まして好きな人になんか見せられない」
「約束する。見ないって・・・バスタオル取ることもないからいいじゃない。ね?一緒に入りたいから・・・智子さん、おれの言うこと聞いて」

脱衣場で横井は先に裸になって中に入っていった。その後姿は智子の目に逞しく映っていた。自分の身体の貧相なことに諦めをつけたのか、バスタオルを巻いて恥ずかしそうに中に入った。
天井が付いていて雨はかからなかった。ちょうど良い湯加減に冷えていた体が温められた。

先に湯船に入っていた横井は智子の顔を見ると隣に来るように手招きした。バスタオルの裾と胸の辺りを手で押さえながら横井の左隣に浸かった。そんな仕草が横井には新鮮に感じられた。どんな時も智子は女の恥じらいを見せていた。にこっと笑ってそっと肩に手を乗せた。

「ほら、綺麗な肌じゃない・・・智子さんはもっと自信持ったほうがいいよ。でも、おれ以外の男に見せて欲しくない」
「誰に見せるって言うの?」
「旦那がいるじゃないか」
「あなたに話したでしょ?もうずっとそうした事はないの。求められても今は私のほうが断る」
「じゃあ、恥ずかしがらないでおれに全部見せてよ」
「バカ!そんなことを言うあなたは嫌いよ」
「おれ・・・智子さんといると、我慢できなくなって来るんだ。みっともないって思うけど、綺麗過ぎるから・・・たまらないんだ」
「それが目的なんだったらもう逢わないから・・・」
「怒ったの?」
「怒ったわよ」
「おれの気持ちなんか関係ない?」
「そうじゃないけど」
「ずっと我慢させるわけね?」
「出来ないの?」
「智子さんは我慢してるの?」
「何を?」
「何をって・・・したいって思わないの?」
「あなたと同じ気持ちよ。でも、言ったでしょ?引き返せなくなる自分が怖いの。今はこうして一緒にいるだけにしたいの。どうしてもいやなら・・・他の人を探して」
「他の人?何てこと言うんだい!おれってそんな男に見えるのかい?」
「ゴメンなさい・・・言い過ぎた。嫌いにならないで・・・」
「嫌いになんかなるわけないよ。今日は我慢するよ。今度ね?いいだろう?」
「・・・うん」

智子はついに約束してしまった。絶対にそうならないと決めていたのに・・・
雨の降る音しか聞こえない静かな山沿いの露天風呂に離婚してずっと一人でいた男と夫に愛される事なく寂しい思いをしてきた女が、お互いを慰めあうように肌を寄せていた。

風呂を出て二人はホテルのレストランで食事をした。化粧を直した智子の顔は温泉の効果もあってか艶っぽくなっていた。「綺麗だ」横井は素直にそう感じた。

「何じっと見てるの?」
「いや・・・智子さんは本当に綺麗だなあって」
「行雄さん、言いすぎよ。そんな事無いって自分で解るけど・・・ありがとう。あなたが好き・・・」
「うん、おれもだ。良かったここへ来て。智子さんが心を開いてくれたし。仕事頑張れるよ。転勤してからずっとつまらなく感じていたから。おれの方こそありがとう。後は・・・一つになるだけだね」
「またそんなことを言って・・・私も仕事が始まるの。受付なんて初めての経験だから緊張するわ。渡された資料もたくさんのことが書いてあって覚えなきゃならないから大変」
「そうなんだ。来月一日のオープンなんだよね?」
「ええ、そうなの」
「見に行くよ、その日に」
「ほんと?なんだか知られそうで怖いけど・・・嬉しい」
「誰かに聞かれたら、前の会社の上司です、って言えばいいじゃない。本当なんだから」
「そうね。ねえ?ちょっと聞きたいことがあるんだけど構わない?」
「なんだい?」
「別れた奥様とはどうして知り合ったの?」
「そんな事聞きたいの?話してもいいけど、気になるの?」
「聞いてみたかっただけ」
「そう、高校のときからの同級生だったんだ。俺は大学に行ったけど彼女は母親の美容院を手伝うと言って、美容の学校に行ったんだ。髪を切ってもらいに通っているうちに仲良くなって結婚した」
「素敵ね・・・恋愛して結婚したのね。結婚ってそうじゃなきゃいけなかったのよね・・・今はともかく」
「なんだか訳ありな言い方をしたね?」
「なんでもないの。そう感じたから」
「今度は智子さんのこと話してよ」
「私は友達の紹介で知り合った今の夫と結婚しただけ。公務員だったし安定しているからと両親にも勧められたしね」
「愛してなかったの?」
「なかった・・・」

智子はそう言って黙ってしまった。
「智子さんは武豊だよね、おれは半田だったから、何処かで会っていたかも知れないね、昔に。おれが声を掛けていたらずっと今のような気持ちで二人が暮らせていたのにね・・・でも今からでも遅くないよ。幸せになろう?」
「行雄さん・・・困らせないでって言ってるでしょ」

横井は本心からそう思っていた。智子が離婚をして一人になったら絶対にプロポーズしようと考えていた。直ぐでなくて構わない。子供の手が離れたら離婚して欲しいと、そう話した。

「待ってるから・・・おれは必ず智子さんを幸せにする。娘の養育費も来年で終わりになる。生活費の心配はしなくていいから安心して来てくれればいい」
「本当にそう思ってくれているの?」
「ああ、嘘でこんな話出来ないよ」
「おばあちゃんになってからでも構わないの?」
「そんなに待たせるのかい?」