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和嶋ヒロネ
和嶋ヒロネ
novelistID. 31160
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恐怖夜話 饒舌なタクシー

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「墓場にイージーリスニングのムーンリバー。これほど似合わない組み合せなんて、めったにありませんわ。何事かと思って、音のする方に急ぎ足で近づいていったんですって。そうしたら、なんと、じいさんが踊ってるんだわ、墓場の前で。一人ですいーすいーって社交ダンスを」

「これには心底びっくりしたね。場違いというか奇妙キテレツというか、思わず頭の中が真っ白だもん。あたしゃ、しばらくの間、覗き見た中腰姿勢のまんま、墓石の間で固まってましたわ。きっとあの紙袋に入ってたんだなあ、並びあった墓石の上に、CDラジカセが置いてあって、ムーンリバーはそこから流れてたの」

「ダンスに夢中になっているじいさんの顔をよく見てみると、それがタクシーに乗っていた時の悲しそうな表情とはまるで違って、誰かに微笑みかけるようないい笑顔を浮かべていてねえ。パントマイムみたいに誰かをエスコートする感じで、軽やかにすいーすいーってステップを踏んでるの。素人目に見ても、なかなかの腕前って感じだったなあ」

「あたしゃ、じいさんの跡をつけたことを、すぐに後悔しましたわ。こりゃあ見ちゃいけないもんなんだって。そりゃあ、墓場でじいさんがダンスする理由なんて、赤の他人のあたしには、これっぽっちもわかりませんよ。でもね、そのダンスがじいさんにとって本当に特別のもので、大切な儀式なんだってことがわかったんですって。あたしゃ、もう他人の秘密を知って喜ぶ年じゃありませんわ。墓場の影でじいさんに頭を下げて、急いでタクシーに戻りました」

「でね、タクシーに戻りながら、最後に何気なくじいさんの方を振り返ったの。そうしたら、ほんの一瞬だけ、見えたんですよ。じいさんと踊る女の姿が。年恰好は若くてドレスを着てた気もするし、地味な服を着たばあさんだった気もするし、あんまりはっきりとしないんだけど、とにかく、きれいな人だったなあ。あたしゃ、あれだけは、絶対に夢や幻じゃなかったって言い切れるね」

「次の年は、あたしの方がじいさんが来るのを例の場所で待っててねえ。はは、じいさんの秘密を盗み見ちゃった、あたしなりのお詫びってやつですよ。でもね、じいさんを乗せたのがそれが最後。その翌年には、ずっと待っていたのに、じいさんが来なくてねえ。でもまあ、あたしがタクシー稼業を続ける間は、毎年、あの場所に行くんだって、もう決めてますけどね」

「はあ?ちっとも怖くなかった?お客さん、そんな贅沢は言わないの。おばけはちゃんと出てきたんだから。・・・えっと、この先、高速使ってもいい?工事で混んでいるみたいだから。その方が早く家に帰れますって。はははは」