曲がり角
「そうだよね。三十五にもなって。人生を急に変えるなんて。でも、良いの。もう決めたことだから」と彼女もほほ笑んだ。
「何もかも捨てて行くんだね?」と聞いたが、答えない。
「山頭火という詩人がいて、『真っ直ぐな道で寂しい』という句がある。一つの道を真っ直ぐ進むのは大変だし、寂しいと思う。辛くなったら、いつでも戻ってこいよ」
「うん、ありがとう」
周りに人がいなかったら、抱き締めたかったが、来る時と同じように人の波だ。
「一年に一度は帰ってこようと思う。叶うかどうかは分からないけど。その時は寄るね」
彼女の実家は遠く離れたところにある。きっと帰省しても寄ることはないと思った。「本当に寄る?」と聞こうとも思ったが、言葉にならなかった。
気づくと、駅は目の前にあった。
彼女はゆっくりと手を振り解いた後、「さようなら」とほほ笑んだ。
しばらくして、彼女は歩き出し、駅に向かう人ごみの中に消えた。その時、悲しみが弾けた。そのまま倒れてしまいそうになるのではないかと思われるほど切なかった。人込みの中でいたから、どうにか自分自身を支えることができた。
「明日からお前はどう生きていく?」ともう一人の自分が問うている。彼女が去ったことによって、自分も同じように、人生の曲がり角に立っていることに気づいた。だが、どう進めば良いのか。しばらく立ち止まり考えたが、すぐに答えを出せないことに気づいたら、彼女とは反対の方向に歩き始めていた。
(了)