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NIGHT PHANTASM

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01.屋敷の住人(6/6)



ハンターの罠にかかり、二人にはさみうちされたという状況は、ルイーゼにとって幸運だった。
かくれんぼばかりでは、飽きてしまう。
命を賭けた遊びに飽きはタブーだ。いつも、死の匂いに脅えながら、生への執着をいっそう強め、引き分けを許してはいけない。そんなゲームなのだ、これは。
死ぬまで終わらない、嘘つきだらけの夜間遊戯。

「……亡霊」
目の前に立っている男が、少しの動揺を交えて呟いた。それはこの国の言葉ではなかったが、ルイーゼは過去何度も同じ呼称をされた事があり、大体の意味合いは理解できる。
『Phantasm』、違うとすれば『Phantom』だろう。ハンターはアンダーグラウンドで広く繋がっているため、外国人が混ざっていてもおかしくない。
関わりのない立場に生まれた者は、吸血鬼という存在すら架空のものだと信じたままで一生を終える。
関わらざるをえない立場に生まれた者は、何と思おうが関係なく、人間と人外との終わらない争いに巻き込まれる。選ばれたといえば聞こえはいいが、皮肉なものだ。
「……」
後頭部に背後を見るための目はないが、気配と足音で大体の位置は察することができる。正面に立つ白髪まじりの巨漢は、立派な斧を片手に隙をうかがっている。
形状をみるに、おそらくは特注で作られた『対吸血鬼専用』の斧だろう。治癒能力に優れすぐに再生する吸血鬼でも、力まかせに腕などを切り離されてはどうしようもない。
トカゲのしっぽのように、切られてもまた生えてくるようなものではないのだ。断面が奇麗ならば人間のように再結合も可能だろうが、目の前の男が持つ斧では断面など汚くて見れたものではなくなるに違いない。
脳天を割られれば、おそらく元には戻るまい。
ここで、選択を間違うことは許されなかった。じりじりと距離を詰めてくるハンターの気配を感じながら、ルイーゼは時を待つ。
ほどなくして、緊張をともなう痺れを切らしたのか、目の前の男が動いた。素早くルイーゼのそばに飛び込み、斧で右腕の切断を狙う。
避けた先で、熱が彼女の頬を切り裂いた。後方にいた人間にナイフを投擲されたのだとわかるなり、熱は痛みに変わりまるで虫が蠢くような気持ちの悪さが傷の内で暴れる。
「(……毒か)」
時間がない。
そう判断したルイーゼは、刹那の間にカウンターに転じた。間合いを測るのではなく経験と直感を信じ、それに全てをゆだねる。
倭刀を払うように振ったが、一度目は空振りに終わった。位置を変え、今度は変則的な角度から相手を狙う。
それが人間の肌を切り裂くより早く、草陰から無駄のない動きで影が躍った。ルイーゼに投擲を放った人間の背後に回ったかと思うと、ぐっと首を腕で締め上げ引き寄せる。
逆手持ちに握ったナイフは、ハンターの反応より早く左胸に沈んでいた。開いた傷から血が染み出し、服を黒く塗りつぶしていく。
突然の奇襲に、残る一人はわずかな動揺を見せていた。
それを見逃すことなく、ルイーゼは先ほどの不意打ちと同様に首をはねる。そのままでは身長が足りなかったために、駆け出しての跳躍を必要とした。
走り抜け、ハンターに正面からタックルする形になり、そのハンターを足場に蹴り上げ相手の姿勢を落とすと同時に、自らの位置を中空に持っていく。
これだけの巨漢だ。筋肉や骨に刃が通らないのではないかという心配もあったが、それは杞憂に終わった。地に落ちた生首が、口をわずかに痙攣させている。
「アンナ」
人殺しとは思えぬ優しい声で、ルイーゼは陰から現れた人物を見やった。
前を開け放ったロングコートに、黒の胸丈までしかないインナー。包帯を巻いた手で血のしたたるナイフを握るその姿は、見慣れた妹以外の誰でもなかった。
ナイフの汚れをぬぐう布が、赤と黒の生々しい色に染まっている。それだけで、アンナがこの夜に殺した人間が複数であることが判断できた。
どうやら、ルイーゼは遅れをとってしまっていたらしい。
柔軟かつ人並み外れた素早さを強みとしている妹に負けてもなんら不思議なことではない。だが、つい謝罪の言葉が口に出てしまう。
「すまない、手間取った。状況は?」
「一人を片付けてから、門前の二人を。姉さんの言っていた報告が正しいとすれば、これで終わりね」
拭き終わった布をコートのポケットにねじこみ、ナイフを鞘へと戻す。前へと垂れてくる髪を、邪魔だとばかりに首を振ってはねのけて再び顔を上げた。
一応、周囲に気配がないことを確認し、ルイーゼも妹に続き得物を鞘へとおさめた。手入れを怠るとすぐに切れなくなるからとジルベールに釘をさされていたのだが、従う道理もないので無視する。
「怪我してるのか?」
「何故?」
「いや、腰の辺りを妙に気にしているようだから」
「……ああ。ただの返り血よ、どうせ見回りに歩くんでしょう? 水場に寄ってもいいかしら、少し気持ちが悪くて」
「そうだね、それがいい」

見回りと一言ですませても、それはなかなかに時間と手間のかかるものだった。
二人はハンターを一人の例外もなく処分したつもりだが、漏らしていてはマスターに叱られてしまう。この状況を街に待機している仲間に伝えられ、明け方や昼間に追加ノルマを与えられるのは避けたい。
この凄惨な状況を、外に知られるわけにはいかないのだ。昼間は吸血鬼であるマスター、ティエは満足に動けない。
前回の折に、一人生き残りを逃がしておいたのは正解だったようだ。『亡霊』の噂は二人が思った以上に対抗組織であるナハティガルに衝撃を与えている。
長期戦に持ち込めば、人間は吸血鬼に勝てない。番犬を飼っていると知れば、吸血鬼が無防備になる昼間に攻めればいいという安直な考えも否定される。
それにいくら隠していたとて、ハンターは街にいる間は『一般人』を装わなければならない。
物騒なものを白昼堂々持ち歩くわけにはいかない上、殺気など放っていいわけがない。相手も、動くなら一般人の寝静まった夜の方が都合がいいのだ。
「……まったく、相手も何度警告を繰り返せば気が済むのやら。本気で潰そうと思えば、こんな館たやすく陥落するだろうに」
「マスターが聞いたら、怒るわよ」
並び歩きながら、アンナが無垢に笑う。笑顔の少ない妹だが、女の子らしくもできるし笑えば人並み以上にかわいらしさを表に出せる。
ルイーゼは、そんな妹を心底いとおしそうに微笑み返した。額に軽く口づけると、くすぐったそうに再びアンナに笑みがこぼれる。
「そろそろ、待つのも飽きたな」
「……姉さん、覚えてる?」
「うん?」
「次の買出し。つまり、ふもとに下りるのは……数日後だってこと」
「ああ、なるほどね……それは頃合いのいい」
参りましたとばかりにおどけてみせて、歩みを止めないままルイーゼはアンナの手を握った。
相手は包帯、自らは手袋。お互い、じかに肌に触れることはできないが、それも水場に着くまでのことだ。それに、障害が一つや二つあったとて互いの熱は伝わる。
そして、この夜の痛みを分かち合える。
生き残ったという事実。人間を殺したという、罪の痛み。生きているという実感が、二人の心を一つにする。
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴