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NIGHT PHANTASM

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10.生命の螺旋(4/4)



――数時間前。

分厚いカーテンを閉め、吸血鬼にとっては明るく、人間にとっては暗い場所で二人は淡々と会話を繋げ続けていた。
エルザはといえば、暗いことを気にもとめず愛用するナイフの手入れに集中している。二人に目を向けることもなく、機械のようにただベッドのふちに座っていた。
「レン。何故、あの人間を殺す必要があるの?」
ティエが、グラスに注がれた赤ワインをおどらせながら問う。好きな味でもなかったが、父の友人が出してくれたものとくれば飲まないわけにはいかない。
そんな彼女が口にした『あの人間』とは、アンナが暗殺する手はずになっているある病院の入院患者のことである。
確かに、ナハティガルの有力な吸血鬼のしもべではあった。だが殺す必要などどこにも見当たらない。吸血鬼を討てば、しもべは昼の世界に帰れるのだ。
もちろん、本人が望めばではあるが。それをわざわざ殺すことに、意味を見出せない。
「なに。ちょっとした、パフォーマンスさ」
「パフォーマンス?」
表情を崩しもしない上、出てきたふざけた返事にティエは苛立ちをあらわにした。ちらりとやった視線でいさめるが、レンの行動は無駄に終わった。
――やれやれ。最初から最後まで言葉にしないと、わからないのか。
「一つは陽動だ。そして、牽制。最後に……開戦の合図。お前を灰にしてやるという、精神的圧迫を狙ったものだ。あいつはしもべを多くとらなかったからな。その中でも、さぞひいきしていただろう人間。ぴったりだろう?」
「……」
「納得できないか? 遅かれ早かれ処分される予定だった人間だ。主人を殺され、奮起されてはたまらんからな」
淡々と、さもそれが当たり前のように述べていくレンフィールドの態度に、ティエはもはや何も言い返す気力が起きなかった。体中から力が抜けていく。
だが、問うべきものはまだ一つ残っていた。
重い口を、開く。
「……わかった。でも、私達がロンドンへ着くまでにエルザを向かわせておけばいい話じゃないの? 何故、私の娘達を使った?」
「テストさ」
「テスト?」
「お前の育てた亡霊が、どれだけ強く、そして機転を利かせられるか、そんなところをざっと試したくてな。なに、確実性をとるのに必要だったんだ。怒るなよ」
「撤回しなさい」
「うん?」
ティエが怒りに震えているのは、誰が見ても明らかだった。持ったグラスがぴしりと音を立て、赤い液体がテーブルへとこぼれていく。
「撤回して! 亡霊だなんて、そんな言い方をしないで。あの子達は私の娘よ!?」
「自分でも言ってたじゃないか。あなたたちは、亡霊だから。だから、苦しむことはないんだって」
「言ってない」
「顔にかいてある」
「……!」
グラスが砕ける音とともに、レンは噴出していた。さもおかしいとばかりに笑うが、彼に悪気はない。本当に面白くて、愉快でたまらないから笑っているのだ。
発言は、何の根拠もない冗談ではなく、吸血鬼の能力を用いて過去をリーディングしたものだった。単純で一本筋な人物ほど、潜り込みやすい。
「それでも、私の大切な家族よ……」
「お前は、やけにしもべ……いや、家族とやらに肩入れするんだな」
「え……」
「気をつけろ」
笑いが反転し、レンフィールドは好青年な姿からは想像できない鋭いまなざしをティエに向けた。それは咎めるような、警告するような、そんな真剣さを感じさせるものだった。
ティエが危うい橋を渡っていることに、気付いているのはレンフィールドただ一人。これからもきっと、そうだろう。
次の瞬間に出てきた言葉も、声も、それはとても重いものだった。
「感心しないな。その甘さ、いつか命取りになるぞ」
それは、ティエが盲目的にルイーゼとアンナを信頼していることに対して言ったのか。はたまた、違う意図だったのか。
どうにせよ、ティエに言い返せる言葉は何もなかった。
考えている時間もない。ほどなくして二人はここに戻り、今夜はナハティガルの本部に乗り込む。
レンフィールドとエルザは、表から。
ティエとルイーゼ、アンナは裏から。
標的となる吸血鬼の顔や名前はすでに知らされている。そうでなくとも、出会った人間は皆殺しにしていいとの指示があった。
曖昧といえば曖昧である。
標的が一人でも本部を留守にしていた際には、その時点でもう作戦は失敗に終わるのではないか。
『組織の歪みを正す』という名目で全員を収集する、とレンフィールドは言い足した。そして、呟くように続けた。
今宵は、疑心が暗鬼となり血で血を洗う狼達の宴になるだろう、と。

割れたグラスに、過去と未来が陽炎のようにゆらめていていた。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴