NIGHT PHANTASM
04.追う者、追われる者(前編)(2/5)
「ねえねえ、ルイーゼ。それ、何なの? いいじゃない、いい加減教えてよ」
そう言って、指差したのは倭刀の包み。無邪気に笑い、仲の良い姉妹を演じる。双子ということは、顔を見られているならばれていることだろう。
男が自然な動きで、新聞のページをめくる。感じた殺気が気のせいであると、信じたかった。
「知りたい? どうしよっかなぁ。だってアンナ、この前私が好きな人学校でばらしたじゃない」
「う……で、でも、その後告白されたんでしょ? OKしたの?」
「んー、なんだか告白されたら冷めちゃってさ。断っちゃった。次は顔の同じアンナにラブレターが来るんじゃない?」
「ラブレター? ふっるぅ。今はね、メール! メールでやりとりする時代なんだよ」
「ふーん。あ、あれ食べたい! アイスおごってよ、アンナ! 人形劇も見ていこうよ!」
「え? あ、ちょっと待ってよ! 置いていかないでってば!」
「買って」
唇が、わずかに動く。普通の人間であれば気付かないか、気付いても唇を噛んだ程度にしか思わないそのわずかなアクションを、片割れは見逃さない。
メニューを見、うーんと悩む仕草のあとに、二人分のアイスを買う。一つ口をつけてから、ルイーゼにアイスを手渡した。
「あ、ちょっと! 今食べたぁ! アンナが私のアイス食べたぁっ!」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。ほら、人形劇見にいくんでしょ? 人が集まってきちゃうよ、はやくいい席とろう」
言うなり、手をとり早足で歩き出す。カフェの男はおもむろに立ち上がり、新聞を置いてその場を動いた。追ってきている。まだだ、まだ気を許すわけにはいかない。
いっそのこと、路地裏におびきだして、仲間に詳細な情報を伝えられる前に片付けるか――アンナは思考を止めなかった。
人形劇が始まるが、周りの歓声とは裏腹に、二人の心内は冷え切っていた。
「分かれて、橋三列二左、十五分」
「了解」
二人の無言のやりとりを知ることもなく、劇は周囲の子どもを喜ばせ、大人の気持ちを和ませながら盛り上がっていく。
つむがれる暖かい物語。
口角を上げ、心底楽しそうに人形とパペッターを見つめていたルイーゼが、ふと通りの方向を見てはっとしたように立ち上がる。
「あっ、ロッテ!」
「え、なに?」
「前に、大学で会ったの! ちょっと待ってて、いなくなっちゃう!」
曖昧な方向を指差し、次の瞬間には背を向け走り出した。だが、遅い。そうか、この年頃の少女はこんなにも走るのが遅いのかと、アンナは無言で理解する。
あとは、合わせて追いかけるだけでいい。あまり慣れているようでは怪しまれてしまう、だが、女の子らしい走り方というのを彼女は知らない。
最後まで見ることのできなかった人形劇を惜しむように振り返ると、男は携帯電話を耳に当てていた。張っているポイントを動く、おそらくそう仲間に伝えているのだろう。
確かに、見つかって当然ではあった。いうなれば、自分達から罠に飛び込んだからだ。ジルベールから、ナハティガル下部の拠点の一つはデュッセルドルフにあるという情報を聞き、タイミングを見計らって赴いた。
よほど集中して攻める砦がない限り、田舎に拠点を置く必要はない。地図をもとに祈りの家に一番近い拠点となりうる交通や人口の集中地を洗うと、必然的にこの街になる。
先日、昼間に小規模ではあるが襲撃があった。それを迎え撃った際に『番犬は実在している』という情報を、わざと魚を泳がせる要領で流させたのだ。
もちろん、マスターであるティエがそんなことを許すはずがない。情報という地獄への切符を渡したことも、今回この街へ足を運んだのも、全て無断である。
もっと夢を見ていたい。
もっとマスターに誉められたい。
もっと生きているという実感が欲しい。
それを抜きにしても、ルイーゼとアンナは本当ならば歳相応の若者である。殺人機械でもあるまいし、若さゆえの遊び心というものを持っていた。
時には非情に、時には冒険だってしたくなる。
どうせ、数日のうちに今デュッセルドルフに居座っているナハティガルのハンターは祈りの家へ襲い来るのだ。
悪者を倒す、正義のヒーロー気取りで。そんなものは、幼児向けのアニメーション番組でも今時流行らない。だが、今はただその胸の高鳴りを感じているといい。
そう、明日などもう、来ないのだから。
「……?」
走り抜けた先、急に視界が開けた。冷たい風を全身に浴び、立ち止まる。目の前には、大きな橋があった。
だが、その橋の大きさのわりに人気がない。先ほどまで人の集中する広場にいたこともあるが、踏まえても妙だ。この先は、夜の歓楽街なのだろうか。
時間を計る。もう、さして余裕は残っていない。アンナは歩いて橋を渡り、さもルイーゼの姿を探すかのようにきょろきょろと辺りを見ながら進んだ。
自らに向いている、複数の視線。
誰かが、どこかから自分を不審な侵入者と判断して見つめている。つまり、穢れのない少女が立ち入るような場所ではないということか――アンナは悟った。
わずかに、煙草の匂いがする。
このまま銃声や悲鳴、血と硝煙の匂いがただよってきてもおかしくない雰囲気だ。広い街の全てに、光が平等に当たると思ったら大違いである。
指示通り、アンナは乾いた街並みを歩いた。
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴