「お話(仮)」
「せっかくのご厚意だけど、アタシ達、先を急ぐの。きっとまたいつか会えるわ」
「そうですかぁ……。わかりました。では、またいつか」
クリス達に一礼し、ゆっくりと歩き出すコウミ。
「そうだわ、コウミちゃん。ひとつお願いがあるの」
その背中を呼び止め、思い出したようにクリスは言った。
「オリバーが起きたら伝えてもらえるかしら? “稽古の約束、守れなくってゴメンナサイ”って」
答えの代わりに一度頷くと、そのままコウミはオリバーを連れて木々の間に姿を消した。
森の静けさの中、朝を告げる鳥達の羽音が遠くに響く。
「それじゃ、アタシ達も行きましょうか」
笑顔で彼女に手招きをしながら意気揚々と歩き出すクリス。だが、そんな相手を尻目に、シヴァは無言で立ち上がると、クリスを追い抜いて足を進める。
並んで移動する二つの影。その遥か頭上には、晴れ渡った青空がどこまでも広がっていた。
「それにしても、いくら最期のお願いとは言え、初対面の相手の依頼をよく引き受けたわねぇ」
「さもなくば、恐ろしい事になっていた」
クリスの問いに、シヴァは淡々とした口調で続けた。
「お前も言っていたろう。この森には、恐ろしい亡霊が出ると……」
瞬間、前日に酒場で交わしたマスターとの会話がクリスの脳裏を駆ける。
(あら。亡霊でも出るって言うの?)
そして、同時にクリスの中で何かが弾けた。
「か、可愛いわ」
○
静寂に包まれた戦場の跡。
クリス達が去ってしばらくの後、森の広場にひとつの気配が現れた。
物陰に立ち、顔は定かではないが、漆黒の長い髪が印象的な背の高い男だった。
「……」
倒れたまま動かぬ大熊を無言で見遣り、その男は細く息を吐いた。そして、手袋をはめた右手を口元に当てると、彼はもう片方の手を静かに頭上にかざした。
すると、おもむろに森の木々がざわめき、同時に降り立つ不気味な黒鳥の群れ。
「彼の後始末、頼みましたよ」
そう言い残し、男は一切隙のない身動きで姿を消した。
――ただ、鳥達の食卓だけを残して。
〜To be continued〜