「お話(仮)」
「逃げるつもり? そうはさせないわ!」
すかさずクリスが『ローズ・マリー』を振り翳す。すると、その刃に蒼い文字が浮き上がり、稲妻に似た光が鳥達ごとクロウの周囲を取り囲む。
「さすが……これが、蒼炎の力……!」
全身を灼かれるような負荷に、クロウの表情が歪む。
しかし、攻撃は同時にシヴァをも襲い、苦痛に耐えかねて、彼女はその場にうずくまった。
「シヴァちゃん!?」
クリスの腕から力が抜ける。『ローズ・マリー』が、音を立てて冷たい床に叩きつけられた。
「もう……、アタシはどうしたらいいの!?」
「答えは簡単ですよ」
態勢を立て直しながらクロウが言った。
「私達は私達の道を、貴方は貴方の道を行くまでの事」
鳥達の羽ばたきと共に舞い散る、粉雪のような無数の羽。
そして、クリスが再び顔を上げた時、二人の姿は跡形もなく消えていた。
「ところで、お話の続きは……お姫様は結局どうなったんですかぁ?」
雪の降る夜空を見上げてコウミが問う。
「コウミ姉ちゃんは、どうなったと思う?」
「そうですねぇ。きっと、旅芸人さんと一緒に鬼を退治して、それから……それから……」
すると、困惑するコウミの耳元に顔を近付け、オリバーは笑顔でそっと囁いた。
「答えはね……」
○
燭台の灯る小さな部屋の中、丸テーブルに椅子が二つ向かい合わせに並んでいる。
「今回は、貴女を傷つけてしまいましたね」
シヴァの肩に腕を掛けたまま、もう片方の手で椅子を引くと、クロウは彼女をそこへ座らせた。
背後にはワイン棚。そこに並ぶボトルの中から手頃な物を一本取り、栓を抜いて彼は続けた。
「あの青年と過ごした日々は、貴女にとってさぞ心地良い時間だった事でしょう」
「これで、良かったのかもしれない。あいつといた所で、この身に流れる呪われた獣の血は洗われない。それに、心地良さなど覚えてはいない。全ては……破滅への道だから」
「そうですか。しかし、ならば何故……」
クロウは目を閉じた。
「泣いているのですか、シヴァ?」
瞬間、シヴァの目から大粒の涙がこぼれ落ち、同時にボトルの中で気泡が浮かぶ。
「全てを忘れれば、楽になりますよ」
そう言って、クロウはテーブル上の二つのグラスにワインを注いだ。
鮮やかな紅が、揺らめく蝋燭の明かりに映える。
「この紅き血に、幸あらんことを」
雪野原の真ん中に腰を下ろし、クリスは太陽を仰いだ。
「いい天気。昨日のことが嘘みたい」
そこに神殿は無い。
あれから山小屋に戻ったクリスは、待っていた仲間達から事の経緯を聞いた。しかし、シヴァの一件について彼は何も語ろうとせず、その様子を見て仲間達もまた口を閉ざした。
そして翌朝。クリスは一人で外へ出掛け、気が付くと、いつの間にかこの場所まで来ていた。
(貴方はパンドラの箱を開けてしまったのですよ)
そんな彼の脳裏をクロウの言葉がよぎり、俯き加減にクリスは懐から何かを取り出した。
「どうして、もっと早く言ってくれなかったの?」
手の中で、あの鈴が空虚な音を奏でた。
その時、足元の雪に影が差し、振り返ると、そこにはマリアの姿があった。
「マリア? 一人でここまで……?」
オリバー曰く、本物の彼女は昨日いつの間にやら山小屋に戻っていたそうだ。
「ねぇ。アタシ、どうしたらイイのかしら?」
クリスの問いに、マリアが答えを返すことはなかった。
しかし程なく彼女は身を翻すと、まるで何かに誘われるかの如く、目の前の雪原を歩き出す。
「どこへ行くの? そっちは山小屋とは反対でしょ?」
積もった雪の上に深く足跡を残しながら、クリスがその後を追いかける。
そして、どのぐらい進んだだろうか。ふいにマリアは歩みを止めた。
「……」
顔を上げると、そこには雄大な景色が広がっていた。
森、港、海。そして、彼女の視線の先に微かに見える、小さな小さな島の輪郭。
「……もしかして、あれがマリアの故郷」
――エンデュミオン。地図にも載らぬ北の小国を、人々はそう呼んだ。
〜To be continued〜