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「お話(仮)」

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第5話


 ――冒険者よ 眠れる神殿へ来たれ
      万年雪の山に棲む 双角の鬼が心を試す――

 麗らかな春の日差しにきらめく噴水。
 そのしぶきの向こう側にかつて建っていた屋敷は取り壊され、今は空き地となっている。
 そんな町の片隅にある酒場で、何かが動き始めていた。
「全く、あんた達もよくやるわね。事情は分かったよ」
 暗がりで一言呟き、ルビアはマッチを擦った。すると、煙草の火が仄かに相手を照らし出す。
「あのぉ。それで、その方は今どこにいらっしゃるのですか?」
「さぁ。随分前に森を越えていったけれど、噂じゃあの子達、エンデュミオンに向かったみたいね」
「エンデュミオン、ですかぁ?」
 聞き慣れない地名に首を傾げる少女。ルビアはその顔立ちを観察していたが、ふと視線を下へ動かすと、カウンターの影に隠れていた“もう一人の客人”に白い息を吹きかけて言った。
「そう。ずっと、ずっと北の小国さ……」

 粉雪舞い散る広大な平原に、豪快なクシャミが一発。
「あーら。誰かアタシ達の噂でもしてるのかしら?」
 吐く息が白い。港町を発って北へ進むこと丸三日。以来、日毎に厳しさを増す寒さは、目的地エンデュミオンに近付いている事を物語っていた。
「いいのか? こんな寄り道をして。この調子で歩いていたら、たちまち奴等に先を越されるぞ」
 クリスに手を引かれながら歩くマリアを横目に、シヴァが肩をすくめる。
「“寄り道”じゃなくて“通り道”よ。巻物にも書いてあったでしょ。北の雪山に何かがあるって」
 そのまま二人はクリスの手元のコンパスに目を落とす。
 真っ直ぐ北を指し示した針。そして、その先には小さな村と、雪をかぶった山脈が広がっていた。
「ところで、あいつはどうした?」
 ふと、メンバーが一人足りないことに気付いてシヴァが問う。
「あぁ。グレーシャちゃんなら、一足先にあそこの村まで情報集めに行ってくれたわよ」
「まさか、一人で行かせたのか?」
 途端にシヴァの顔色が変わる。
「こちらに情報を渡した時点で、あいつは組織にとっての裏切り者。遅かれ早かれ追手が……」
 直後、前方の岩場に倒れている人影のようなものが二人の視界に飛び込む。
 嫌な予感がした。
 すぐに駆け寄り、積もった雪を払い落す。――と、同時にその下からのぞく山吹色の髪。
「グ、グレーシャちゃん!?」
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹