「お話(仮)」
隣でにっこり微笑み、シヴァの肩に寄り掛かるクリス。
「おい、こんな所でふざけるな」
「……」
「……クリス?」
ぐったりとしたクリスの肩を揺さぶりながら、シヴァが声を上げる。
「心配しないで。ちょっと休めば……治る、わ」
瞬間、クリスの顔から血の気が引いた。
「クリス!?」
辺りを見渡すも、四方を海に囲まれたこの状況下、港まで移動している時間はなさそうだ。
「何だい、その顔。あんたらしくないじゃん?」
ふいに背後で声が響き、振り返ると、そこには歯を見せて笑うグレーシャの姿があった。
「解毒剤なら、ホラ、ここだよ」
そんな彼女の手の中には、小さな赤い実が一粒。
「それを早く……」
「や・だ」
まだ疲労の残る歩みでシヴァに近付くと、グレーシャは握った拳をシヴァの頬に添えて呟く。
「あたいはあんたが嫌いだね。あんたにやるぐらいなら……」
グレーシャの牙が光り、そのまま彼女は手にした赤い実を口の中へ放り込んだ。
直後、グレーシャは屈み込み、その唇をクリスの口元に重ねた。
ほんの数秒が、とても長い時間に感じられた。
「あんたへの仕返し、なーんてね」
「何が言いたい?」
その場から目を反らし、シヴァは視線を船首へ移す。そこではマリアがひとり海を眺めていた。
何事もなかったかのような、相変わらずの虚ろな瞳で。
「ところでさ。疑問なんだけど、あんたどうしてコイツといるんだい?」
太いマストにもたれ掛かった体勢で、グレーシャがシヴァに問う。
「ま、あたいにゃ関係ないことだけど、あんたの素性、一体いつまで隠しきれるだろうね?」
そこまで言うと、グレーシャはマストの裏側に身を隠し、そのままどこかへ姿を消した。
「……」
安らかな寝息を立てるクリスの傍らで、シヴァは遥かな大海原を眺め、溜息交じりに囁いた。
「……私は、何を期待しているのだ」
水平線にかかった夕日が波間に伸び、船もろとも彼女の心を揺さぶった。
〜To be continued〜