「お話(仮)」
第1話
――草木も眠る月夜の森で、
血に飢えた野獣が目を覚ます――
木々の間を泳ぐように移動する人影が一つ。
まるで何かから逃れるかの如く、その者は深い森を奥へ奥へと進んでいった。
「……」
ふいに視界が開け、丸い月が静かに闇夜を照らし出す。
鋭く光る緋色の瞳。
全身を覆うマントのため顔は定かでないが、背格好からして少年少女だろうか。
――ある時は闇に紛れ、
またある時は人に紛れ、ただ黙って狩りの機が熟すのを待つ――
「!」
と、背後から一発の弾丸が頬をかすめ、振り返ったフードの下から白銀色の前髪が躍る。
「見ぃつけた。もう逃げられないよ……お譲ちゃん」
茂みの向こうから現れた男が猟銃を手に笑う。
――人の容貌を持ちながら、
その右手に宿した紅き刻印の力で獣を操り、
更には己自身の姿をも獣へと変化させる者達がいた――
一歩、また一歩と追い詰められ、小広場の一本杉にもたれるマントの少女。
怯えた眼差しの先で、男は肩に乗せた黒猫の喉を撫でながら、もう片方の手の指を引き金に当てた。
「もう終わりかい? 少しは抵抗してみろよ。楽しませてくれよ……なぁ」
そして、男は名を囁く。
――その者達の名は――
「…………アカイケモノ」
銃声と共に飛び散る血。満月の空の下、猫が短く一声鳴いた。