おはようの事情
<おはようの事情>
「おはよーっ!」
週末の十七時過ぎ、社屋のエントランスは一斉に退社する社員でごった返していた。遠い後方から掛けられた声が僕に向けてのモノなのは判っていたが、当然の事ながら僕はそんなのは無視してその場から逃れようとした。
――しかし、軽快な革靴の音が追いついて来たかと思うと、そいつはいきなり僕の背中を「バシンッ!」と叩いたのだ。
「おいおい無視するなよ、でかい声を出した俺が恥ずかしいだろ」
入社三年目で同期の大矢はそう言って僕を責めるが、この場合はでかい声で呼ばれて思いきり背中を叩かれた僕の方がよほど恥ずかしい。
「だから僕を“おはよう”って呼ぶのはやめてくれって言ってるだろ」
大矢だけに聞こえるように僕は応える。
「いいじゃないか、小原陽平なんだから――。約して“おはよう”だろ」
僕はため息をついた――。
「でも、そんなに大きい声を出す必要はないだろ」
というか、この場合は“略す”が正解だろう、と心の中で僕は呟いた。まあ誤りという程ではないにしても。
「ばーか、地味なお前の名前を宣伝してやってるんだよ、俺は」
と、大矢はようやく普通レベルの声で言って馴れ馴れしく僕の肩に腕をまわした。
「でさ、来週の金曜日に海外営業の女子と親睦会を執り行う事になったから。ちゃんと空けておけよ」と言ってもう一度僕の背中を「バシン!」と叩いた。
「痛っ」
顔をしかめる僕をよそにして、じゃあな、おはよーっ、来週だぞ! と言いながら大矢は足早に離れて行った。
まったく、他人の迷惑など全く考えない奴だ。取り残された僕の周りには僕をチラチラ見ながら忍び笑いをしている女子社員が大勢いた。
「おはよーっ!」
週末の十七時過ぎ、社屋のエントランスは一斉に退社する社員でごった返していた。遠い後方から掛けられた声が僕に向けてのモノなのは判っていたが、当然の事ながら僕はそんなのは無視してその場から逃れようとした。
――しかし、軽快な革靴の音が追いついて来たかと思うと、そいつはいきなり僕の背中を「バシンッ!」と叩いたのだ。
「おいおい無視するなよ、でかい声を出した俺が恥ずかしいだろ」
入社三年目で同期の大矢はそう言って僕を責めるが、この場合はでかい声で呼ばれて思いきり背中を叩かれた僕の方がよほど恥ずかしい。
「だから僕を“おはよう”って呼ぶのはやめてくれって言ってるだろ」
大矢だけに聞こえるように僕は応える。
「いいじゃないか、小原陽平なんだから――。約して“おはよう”だろ」
僕はため息をついた――。
「でも、そんなに大きい声を出す必要はないだろ」
というか、この場合は“略す”が正解だろう、と心の中で僕は呟いた。まあ誤りという程ではないにしても。
「ばーか、地味なお前の名前を宣伝してやってるんだよ、俺は」
と、大矢はようやく普通レベルの声で言って馴れ馴れしく僕の肩に腕をまわした。
「でさ、来週の金曜日に海外営業の女子と親睦会を執り行う事になったから。ちゃんと空けておけよ」と言ってもう一度僕の背中を「バシン!」と叩いた。
「痛っ」
顔をしかめる僕をよそにして、じゃあな、おはよーっ、来週だぞ! と言いながら大矢は足早に離れて行った。
まったく、他人の迷惑など全く考えない奴だ。取り残された僕の周りには僕をチラチラ見ながら忍び笑いをしている女子社員が大勢いた。