見えない
妖怪の姿
二人で探し始めてから、もう季節が変わろうとしていた。サトキの協力を得たものの一向に変化がなかった。結果サトキが加わって変わったことは、梓がまとわりつかれて疲労を蓄えたことだけだ。
今日もサトキは唐突に梓の前に現れた。
「あーずさっ!今日はどこに行くよ?」
まるで遠足に行く子供のようなテンションのサトキに、正反対の気分の梓が愚痴をこぼした。
「手伝ってくれるのを、ありがたいと感じたことがないんだが」
「なぁに、そのうちすぐわかるさ」
そういってサトキはいつの時代の歌だかわからない曲を、鼻歌で歌う。相変わらず彼は汚い格好をしていて、着替える気もないらしい。歌といい、一体何年前の妖怪なのやら。
最近、サトキはこうして梓の学校にまでふらふらと来ることが多くなった。授業だの下校時間だの、そんなのお構いなしの彼に、梓は気が散って仕方ない。
さっさとサトキの相手を打ち止めた梓は、ペンダントを手に持った。安っぽいチェーンを押さえ、ヘッドの部分がぷらんと下がる。
「汝の主の元へ」
梓が唱えると同時に、ペンダントはくるくると回りはじめる。そして南東のほうにグイと手をひっぱった。梓は思わずため息をつく。
「また南東か」
探し始めてからずっとそうだった。学校で調べると、南東を必ず指す。まったく動いていないとでも言うのだろうか?
ふと、サトキに視線を変える。彼を見ている限り、妖怪が一歩たりとも動かず、テリトリー内だけを徘徊する生き物には見えなかった。人間に近い存在ならば、なおのことだ。
「もっと遠くなんじゃねぇの?」
サトキがもっともな質問をする。今まで彼らが探してきたのは、学校か梓の家を基点に半径十五メートルくらいの範囲だけだ。サトキの言うとおり、狭い気がする。しかし梓は南東に歩き出した。
「その妖怪はこのあたりを動かないと母と契約している」
「けい・・・っ!」
悪魔ほどじゃないが、それだけ悪質な妖怪と契約を交わすとは、なんと甘い考えの持ち主なのだろうか?疑り深い梓の母親とは思えなかった。ちなみに、母親に関する説明は、協力し始めた初日に細かく教えてもらった。
結局、サトキと出会った森にまたたどりついてしまった。昨日は隣の森、一昨日はそのまた隣の川、でもその前はこの森だった。
「やっぱりこの森が怪しいよな」
「ん〜・・・。こんな妖気の持ち主、俺は会ったことがないけどなぁ」
確信し始めた梓に対し、サトキは思い返して悩む。サトキの意見としては、こんな妖気の持ち主なら、森の外にいても感じられるはずだ。それに、こんなのと同じ森に、自分が住めるとは思わなかった。
(とっくに気が狂って死んでるはずだ)
ちらりと横目で梓を見る。彼は疑うことなく妖気の導くままに進んでいく。追っかけようとしたサトキに、梓は背中を向けたまま告げた。
「二手に分かれよう。この森なら君はもっと動けるだろう?」
「でも、お前はどうする?」
「迷子になったら呼ばせてもらう」
そういってから、梓はふと気付いた。考えてみれば、命に関わるそれを、大声で言っていい物じゃない。しかしサトキはそれにすぐ了承した。
サトキの行動や言動は読めないことが多い。今回の手伝いにしたって、会いたがる理由だって不明だ。単純に懐かれたとも考えられるが、見えたということだけで懐かれる理由にはならないだろう。