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エピローグ


 一人の少女が、森の中に入ってきた。新緑が動くたびに吹き抜ける青がのぞき、じりじりとした暑さをかき消している。下がアスファルトじゃないというだけでも、それは半減されるものなのかもしれない。
 肩甲骨にかかる程度の髪が、木の間をするすると抜ける風でふわふわと舞った。毛先に巻いたような癖があり、シンプルな白いワンピースと合わせるとこの場には酷く似合わない。しかし彼女の小麦色の肌が、不思議とその衣装と森の雰囲気の真逆さを中和していた。彼女は髪を耳にかけながら、足元や木々の奥をのぞく。それからアルトと言うには高音の声で呼びかけた。
「サトキ」
 彼女の声に、森の奥の方でイタチがちょこんと顔を出した。目をくりくりさせて、少女を捉える。すると警戒心なくトコトコと走ってきた。その姿がかわいくて、少女の顔がついほころんでしまう。
 イタチは短い脚ですくっと立つと、長い体のバランスを上手にとった。同じような長さの前足を可愛らしく前に揃えると、可愛い外見におおよそ似つかわしくないテノールで感嘆の声を上げる。
「やっぱり女の子っぽい恰好の方が好みだなぁ」
「イタチに好みって言われてもね」
 少女はクックッと失笑した。サトキはバランスを取っていると思われた尻尾を、ぶんぶんとプロペラのように回す。目を丸くしたまま首を左に傾げた。
「梓」
 ふいに、少女から声がかけられた。振り返ると、金色と銀色を足したような、神秘的な髪色の青年が姿を現した。モノトーンのはっきりとしたスーツを来ているため、せっかくの神秘さは薄れてチャラさが垣間見える。おかげでサトキに鼻で笑われた。
「馨、おまえホストになったの?」
 あまりのおかしさに腹を抱えて笑ったサトキは、バランスを失って後ろに転げた。いらっとした馨は、サトキの首の後ろの皮をつまんで、ぷらんと持ち上げる。弱点をつままれたサトキは、全く抵抗せず、妙におとなしかった。
「依頼の帰りなんだよ。梓とは森の前で待ち合わせた」
 抵抗できないサトキは、不機嫌さを目の前に出して馨を見た。
作品名:見えない 作家名:神田 諷