見えない
梓
その日を境に、馨は毎日二人の前に姿を現すようになっていた。相変わらずペンダントの交渉を続けているが、もちろん梓が首を縦に動かすことはない。
今日も馨は梓に食い下がっていた。
「師匠がそいつを見つけるまででいいんだよ!」
「見つけたら何かするだろ!そんなやつに渡せるか!」
サトキの存在のせいか、女の子だとわかったからかは不明だが、力ずくで奪うようなマネをしなくなった。梓の推測では、前者が原因だろう。今日はまだサトキとは会えておらず、そのため彼女は内心ひやひやだった。
不意に、馨はある疑問を持った。
「そういえば・・・、おまえ、その妖怪の名は知らないのか?」
馨も事情はサトキからこっそり聴いた。もし本当に母親の友人だというのなら、名前くらい知っていてもおかしい話ではない。名前を知っていれば、苗字のない妖怪の場合、それだけで捜索できる。
馨に事情を話していない梓は目を丸くして解りやすく驚いた。が、すぐにサトキが言ったのだと気付く。大きくため息をついてから、ペンダントを握った。
「・・・知らない。というか、知ってても言うわけないだろう」
「ほんっとうに可愛くねぇな」
「この身なりで可愛いといわれた事はない」
「男にしかみえねぇもんな」
言いすぎな馨に、梓は近くにあった木の枝を投げた。気を抜いていた馨は顔面に枝を受ける。
「本当に知らないんだよ!母は『森主(もりぬし)』と呼ばれていたとしか教えてくれなかったんだ」
「森主・・・っ!」
後ろから来た声に、二人はそちらのほうを見た。青ざめた顔で立ち尽くす彼には、いつもの陽気さは見られなかった。姿の見えない馨も、その雰囲気に呑まれてしまう。
サトキは梓の前に降り立つと、怖い形相で梓を問い詰めた。
「お前が探しているのは森主なのか?」
「あ・・・ああ、そうだ」
サトキの形相に、思わず梓はのけぞる。そのまま彼女はしりもちをついてしまった。いつもならすぐに謝って立たせるところだが、今日は違った。サトキはそのまま、怒った形相で、彼女を見下ろしている。油断していた相手とはいえ、彼女は未知に力を持った存在の憤怒に恐怖した。
我慢できなくなって、馨が梓の前に入り込む。彼は果敢にも、見えない相手をにらみつけた。サトキの怒りを肌で感じながら、この行動を取れるのは一重に彼の勇気のなせる業だろう。
「落ち着け!おまえは彼女のナイトじゃないのか!」
そういわれたサトキは、ふと我に返った。怒りが鎮まり、代わりに悲しみが込み上げてくる。勢いよく座り込んだサトキは、肩で息をする梓を見た。彼女の表情は、わかりやすく恐怖している。
枯葉の舞ったところと、しりもちをついたままの梓の姿を、馨は交互に見て尋ねた。
「一体なんなんだ?『森主』って?」
見ていなくても、その質問が自分に向かって聞かれたものだと、サトキは解った。答えたくないのか、彼はしばらく黙り込む。とうとう彼は、その重たい口を開いた。