鞄の中
荒唐無稽な与太話だと思いながらも、しかし彼は信じてしまいそうになる自分を否定できなかった。
冗談であれば、帰って来た男性は朗らかに笑ってきっと言うだろう。
信じましたか? 私の演技は中々上手かったでしょう? と。
では帰って来た男性が何も言わなければ?
箱の中の猫と同じだ。開けてみなければその真偽は測れない。
そして答えは目の前に、手を伸ばせばすぐそこにある。
開けて中を覗くだけ、数秒もかからない動作だけで疑問は解決する。
かたんかたん、列車が揺れる。
彼は如何ともしがたい誘惑に抗えきれず、鞄の留め具に手をかけた。