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   ――  101  ――
「なぁ、不図(ハカラズ)。こんなとこ所でサボってていいのか?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
「お前に無理矢理連れてこられたはずなんだが、忘れたなんて言うなよ」
「そう言うけど、ぼくに力尽くで連れてきたような記憶はないよ」
 屋上のフェンスにもたれかかり、くだらない会話を繰り広げているのは二人の男。
 一人はぼさぼさの頭くらいしか特徴がない少年、桐紙句冗(キリカミ クジョウ)。もう一人の陰気そうな表情を浮かべた少年が陵不図(ミササギ ハカレズ)という。
 どちらも無駄に青い空をぼんやりと眺めている。
 そんな妙に荒廃的な雰囲気に、それを打ち破るかのような音が一つ。
 屋上と屋内とを分ける鉄扉が、蹴り開けられた音だ。
 そんな思い切った登場の主は、活力と自信に満ちた声で宣言のように尋ねた。
「おやおや、青春を謳歌すべき青少年が二人そろい、授業をサボってまでなにをするかと思えばまったく。縁側で茶を啜り、囲碁か将棋でもやっているような枯れた会話は止めたまえ。そんなことは歳をとってからでも遅くないだろう?」
 男たちから少し離れたところに仁王立ちをする少女。銀の長髪と金の双眸はどちらもつやがなく、ともすれば濁って見えるほどだが、少女の全身からあふれる快活さがそれを忘れさせる。
「おい不図、皇(スメラギ)さんに言われてるぞ。お前のかみさんだろ、なんとかしてくれ」
「うちは亭主関白だけど実権は殺夜(ビャクヤ)持ちだから無理」
「うむ。私はハカレズと婚姻を結んだ記憶が欠如しているため、恐らく比喩表現だと察するが、もし私とハカレズが夫婦になったとすれば、私が実権を握るだろう。しかも私とハカレズのどちらが夫だとしても亭主関白だろうね?」
 不図に確認を取るかの如く尋ねる。
「ぼくはさっき言ったとおり。殺夜も聞いてたでしょ」
「確認だよ、確認。確認は何度したっていいだろう?」
 皇殺夜(ズメラギ ビャクヤ)と呼ばれた少女は、切れ長の目を細くして微笑む。笑顔を向けられた不図は、仏頂面のままそっぽを向いた。
「あれ? 俺お邪魔な気がしてきたんだが。帰っていいか?」
「句冗、今授業中だけど、どこに帰る気?」
 屋上を後にしようとする句冗に、声をかける。
「まだ謝れば許してくれるんじゃないかと思うんだ」
「桐紙、なんだか遠い目をしているが、もう授業がはじまって三〇分、つまりは一時限の半分以上が経過した計算になる。一般的に言って、内容が半分以上終わってから来るのは遅刻じゃ済まないだろうね?」
 句冗は扉に手をかけていたが、その手は回ることなくノブから離れていく。
 溜め息を一つ吐き、
「わかった、わかった。ここにいればいいんだろう? 不図、後でジュースな」
「だってさ、殺夜」
「そうか、頼んだぞ、桐紙」
「依頼のバケツリレーは勘弁してくれ」
 手を上げて降参の意志を示す句冗。
「まったく、お前らいい夫婦だな」
「素直にありがとうと言っておくよ。句冗も早くお相手見つけなよ。応援するから」
「俺? 俺はまだいい。お前ら見てるだけでお腹いっぱいだ」
「とかなんとか言って、なんだかんだで見つけると早そうだよね。……ん? だったら応援するまでもないのか」
「ハカレズくん、桐紙が『薄情だ』と言わんばかりの表情になっているよ?」
 殺夜が指で示し、不図の目線もそちらにつられる。まさしく『薄情だ』と訴える表情の句冗がそこにはおり、手だけで謝罪をする。それから、
「これで何度目になるかわからないけどね、殺夜、ぼくの名前はハカレズじゃなくてハカラズです。図れないんじゃなく、図らないの」
 にこにこと笑いながら聞き、頷く殺夜だが、不図は確信する。これは聞いてない。いつものことか、と呟くが、殺夜の耳には届かなかった様子。
「句冗は間違ってもハカレズなんて呼ばないでくれよ。ハカラズだからねハカラズ」
「わかってる、不図だろ。故意にしろ勘違いにしろ、そうやって呼べるのは皇さんだけだろ。ついでに言えば、皇さんを『殺夜』なんて呼び捨てにしているのも不図だけだぞ」
「それはそうだろう。殺夜と呼ぶことを許可したのは、ハカレズくんしかいないからね?」
 得意そうに殺夜は胸を張る。
 すると、授業の終わりを示す鐘が鳴った。
「おや、どうやら時間の計算が少し間違っていたようだな」
「え、計算って……?」
 句冗が理解に苦しむ様子を見せた。
「殺夜、説明してあげて」
「私は時計を持ち歩いていないのでな。その時々で概算しているのだよ。驚いたかね?」
「皇さんのハイスペックさはどこが上限……って時間を計算するけど概算なこともあって微妙に間違えるのが上限か。なんとも言えないハイスペックさだな」
「私如きでは所詮その程度。世には私を遙かに凌駕する怪傑もいるのだよ?」
「言ってることはわかるが、信じたくはないな」
 句冗は苦笑いするしかない。
 ふと、金属の扉を叩く音が聞こえた。
 控えめに扉が開かれ、その隙間から少女が姿を見せる。小柄で眠そうな目をした少女は殺夜の元までとことこ歩き、
「会長……仕事あるから来て」
 かすかに空気を振るわせ、呟くように言う。
「みよ、ここには来るなと言っただろう。私の唯一つしかない安息の地を、頭の硬い教師連中が土足で踏みにじるのかと想像するだけで、私は心が引き裂かれるような痛みを感じるのだよ。くれぐれも、いいかい? くれぐれも、だ。決して教師なんぞに嗅ぎつけられないよう、つまりは鍵付けられないよう、頼むよ?」
 しっかりと念を押す殺夜。そして無表情なまま何度も首を振るみよ。まるで姉妹のようである。
「大丈夫。莫迦じゃないもの」
「確かに君なら平気だろうが、それでも可能性というものがあってだな……」
 少女こと江賀みよ(エガ ー)は、だらけ少年二人組を指差し、
「そこのでも大丈夫なら、わたしも大丈夫」
 比較対象にされた二人は、
「みよちゃん、一応ぼく、殺夜から絶大な信頼を得ているんだけどなぁ」
「俺以外はともかく、俺は普通だと思うんだが」
 と反論するも、みよからは相手にすらして貰えない。二人を無視して、みよは自分の用件を優先する。
「会長、速く。仕事たまってる」
 有無を言わさず、殺夜を引っ張って行く。
「ハカレズくん、すまないが今日はこれで失礼するよ。桐紙もすまないな。では、また明日!」
 殺夜は引き摺られながらも言い切り、扉の向こうへと消えていった。
 さて、と言ったのは句冗。
「俺たちは帰るか」
「そうだね。約束のジュース、なにがいい?」
「なんだ、別に気にしなくていいんだが」
「いいから受け取っておきなよ。ぼくが誰かに奢るなんて珍しいんだから」
「わかった。そうだな……コーヒーでも飲むか」
 他愛もない会話を最後に、屋上から人影は消え去ったのだった。