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後ろ姿の少年に3

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 おばさんは小学生がそんなことを聴くのが気に入らないといった様子で、なんだか本屋にいる自分がとがめられているような気がした。わたしはもはやここで話をきりあげてしまいたかった。けれども、ここまできて諦めてしまうのではいかにも心残りだ。わたしは再び心を奮い立たせて、その本の下のほうに書いてあった出版社名を告げた。

「たしか、カクガワ書店と書いてありましたけど」

「カクガワ書店だって?聞いたこともないねえ。よく探したのかい」おばさんは早く話を終えたそうにした。

「カドカワだろ」そのとき後ろから声がかかった。これだから知らないやつは困る、といった口調だった。近くでクスクス笑う声も聞こえた。

 わたしは、突然後ろから背中を袈裟懸けに斬られたような気がした。出版者の名前を知らないことがこれほど恥ずかしくまた悔しいことはなかった。わたしは悔しさで顔が火照り、からだは強ばって、その場から動けなくなった。

 おばさんは、声をかけた若い男を一瞬、迷惑そうに見てから、わたしに
「とにかくもう一度さがしてごらん」と言って、そこで話を打ち切りにして、わたしの後ろに本を買おうとして並んでいた若い女性に愛想よく声をかけた。

「まあ、まあ、どうもお待たせしちゃって、すいませんねえ」と、おばさんは本とお金を受け取ろうと、両手を差しだす。女性が一歩前に出る。女性の腰の辺りがわたしの肩につき当たってわたしは運悪くわきへ弾き飛ばされる。

「あら、ぼうや、ごめんなさいね」と女性が謝る。

 おばさんはこれ以上わたしを相手にしたくはないらしく、こちらには目もくれないで知らんふりを決め込んでいる。わたしは無言のまま、その店を出た。無性に腹が立った。 あれが物を売るものの態度か。こちらが小学生だと思って軽く見やがって。小学生だってお客なんだからちゃんと調べてくれたっていいじゃないか。こっちだってちゃんと探したんだ。探して見つからないから聴きに行ったのに。どうしてもっと丁寧に教えてくれないんだろう。

 それにあの男だ。「カドカワだろ」だと! はじめてみた名前をカクガワと読んでどこが悪い? 知っていなけりゃカドカワなんて難しい読み方、読めるわけがないじゃないか。それを「カドカワだろ」だって! 自分が知ってるって言っているだけのことじゃないか。知ってるならどこにカドカワの本があるか教えてくれたらいいだろう。ちくしょう!人の気持ちも知らないで軽く扱いやがって。こちらは真剣に聴いているのにみんなでばかにして。どうして大人はこうなのか!どうしてもっと真剣に、丁寧にこちらの話に耳を傾けてはくれないのか。そのくせ自分の好奇心が抑えられないときには、わたしの後に追いすがって根掘り葉掘り聞き出そうとするのだから、どうしようもない人間たちではないか。だから大人は嫌いなんだ。わたしは世の大人に対する嫌悪の情をますます募らせていった。

 世のおとなたちよ、あなたたちはもう忘れてしまったのか。幼い頃、自分がどのように扱われたかったかということを。そうして不当に扱われたとき、どんなにはげしく相手をにくみ、どんなにはげしく、こんな理不尽なことは二度と自分の子供にはさせまいと誓ったことを。わたしはなにも、子供の言い分がすべて正しいと言っているわけではない。それどころか、子供は気まぐれで、残酷で、感情的で、何の計画性もない。だがわたしは自分の経験にてらして、こうも思う。子供はこの世界にやってきて、まだ日が浅い。新しいことを日々学ばなければならない。だから、右も左も分からない子供が、初めて、何かを学ぼうとするとき、わたしたちは、そのじゃまをせず、親切に、そして丁寧に扱ってやろうではないか。子供にとっては、いずれきびしくつらい人生である。人生の最初から大人を、そして人間を嫌いにならないようにしてやるのが、大人たるわたしたちのせめてもの務めではないだろうか。というのも、まことに残念ながら、そういうことにはならずに今でも大人を好きになれない、かつての子供が、少なくともここにひとりいるからである。
作品名:後ろ姿の少年に3 作家名:折口学