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てっしゅう
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「愛されたい」 第四章 研修旅行と淑子の嫉妬

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面接から戻ってきた智子は、昼ごはんを食べて気持ちを落ち着かせると、実家に電話を掛けた。
「お母さん、仕事決めてきたから明日から働きに行くの。心配かけたけど、とりあえずは有里と高志の三人で生活してる」
「伸一さんはどうしたの?」
「実家でしばらく生活をするって言ってたわ。帰って来たらと言ったんだけど、どうするのかしらね。何も答えなかったからあの人」
「あなたそれでいいの?有里や高志は何も言わなかったの?」
「高志は何も言わずに相変わらずだったけど、有里には離婚するの、って聞かれた」
「離婚なんてしないでよ!世間体も悪いし、生活に困っちゃうから。何とか伸一さんとうまくやってゆけないの、智子がもう少し我慢して」
「お母さん、この前言ったでしょ?なんて言われたのか聞いてなかったの?」
「売り言葉に買い言葉だったんだよ。落ち着いて考えたらきっと反省してくれていると思うけど、あなたがそれを聞き入れなさそうだから黙っているか違うことを言ってしまうのよ」
「そうじゃないと思うな。あの人器用じゃないから、本当のことをつい口走っちゃうのよ。私ね、浮気しているって言われたのよ。何を根拠にそんな事言ったのか解からないから、呆れてものが言えなかったわ。働いて自分のお金で生活を助けようって考えたのに、何に使うんだ、浮気か、って・・・もう最低!お母さんそれでも許せって言うの?」
「智子、女が外に出るっていう事自体がもう疑われることなのよ。伸一さん、あなたを籠の鳥にしていたつもりだったから、ショックだったのよ。扉開けたら飛び出して行って帰ってこなくなるって、そう思ったんじゃないかしら」
「籠の鳥?何それ?」
「自分の手の内に置いておきたいっていう事」
「私は物や鳥じゃないよ。籠に入れなくても伸一さんがしっかりと掴んでいてくれたら、どこへも行ったりなんかしないの。ずっとそのことを解かって欲しかったのに・・・」

もう言葉にならなくなってしまった。母親にぶつけた感情はそのまま夫にぶつけたかった思いだった。

高志が学校から帰ってきた。何も言わずに自分の部屋に入っていった。有里が帰ってきたらご飯の時にでも仕事のことを話そうと思った。
夕飯の支度をしていると電話が鳴った。火を止めて、受話器を取る。
「もしもし、楠本ですが・・・あっ、横井課長、はい構いませんが」
「悪いねこんな時間に電話して。忘れていたことがあったんだよ。社会保険の手続きはどうするかって人事に聞かれて話すことを忘れていたから電話したんだ」
「どのようなことでしょうか?」
「つまりね、勤務時間が6時間以上になると社会保険に加入しないといけなくなるらしい。一日6時間未満で月額10万円未満の契約で構わないかい?だったらご主人の社会保険で加入していれば問題はないんだけど」
「10万円以上収入が欲しいって希望すればどうなるのですか?」
「厚生年金と健康保険に加入しないといけないんだよ。手取りは減るけど、将来の年金は増えるから損はしないんだけどね。あとは、ご主人の扶養者控除が無くなるぐらいかな」
「どっちが得なんでしょうか?」
「難しいなあ・・・殆どの方は扶養者控除をなくしたくないから年収103万円未満で働かれているけど、子供さんが独立されていたり、逆にいなかったりすると社会保険の適応を受けている方が多いね。但し楠本さんの場合、今までに厚生年金を3年間しか掛けておられないからどうかなあって思いますけど」
「長く掛けないともらえないっていう事ですよね?」
「そうですね。得じゃないっていう事です」
「では扶養者控除の範囲で働かせて下さい」
「解かりました。明日出勤の時に印鑑、ミトメで構いませんのでご持参してください。では明日お待ちしております」

受話器を置いて、台所に戻った。

有里が帰ってきた。
「お母さん、どうだったの?決まった?」
「ええ、ありがとう。明日から仕事よ」
「そうなの。良かったじゃない。いくら貰えるの?」
「お父さんの扶養者控除の範囲にしたから月8万円ほどよ」
「8万か・・・結構あるね。今までゼロだったんでしょ?凄くない?」
「そうね、貰ってみないと実感が湧かないけど、すごいかも知れないね」
「初めて貰ったら、何に使うの?」
「考えてないわ。有里と高志のために使おうかしら。高志呼んで来て、ご飯にするから」
「うん、解かった」

食事をしながら智子は仕事のことを話した。

緊張した初出勤は何とかいろんな人の力を借りて無事終えた。作業自体は簡単なことだったけど、なかなかテンポ良くこなすことがまだ無理だった。なれないマスクと手袋の肌触りも気になったし、分量の仕分けがベテランの人とは速さが違っていた。迷惑の掛らない部署でスタートしていたので事なきを得た感じだった。

半数のパートがいっせいに帰る時間になった。更衣室が混雑する。隣にいた文子と同じぐらいの年齢の人から声を掛けられた。
「楠本さんでしたよね?」
「はい、そうですが」
「文子さんとお知りあいだと伺いましたが、そうなんですか?」
「ええ、こちらを紹介してくださったのも文子さんなんです」
「そうでしたか。お若いからどういう関係なのかなあって思ったものですから、聞いてみただけなの」
「去年の下呂温泉の旅行で偶然知り合いになったんです」
「同じ旅館に泊まっておられたっていう事でしたか?」
「はい、声を掛けて頂いて、お付き合いさせて頂いているんです」
「なるほど・・・仕事慣れるまで大変でしょうが頑張りましょうね。私、青木淑子(よしこ)って言います。覚えて置いてくださいね」
「青木さん、はい覚えました」
「ありがとう。あなた、可愛い人ね。お幾つなの?」
「45です。青木さんは・・・すみませんいいです」
「もっと若く見えましたわ。そうなの・・・私ね・・・幾つに見えます?文子さんより若いんですよ」

そう言って本当の年を言わなかった淑子は、後に智子にとってある事件に巻き込まれる相手となる。

一週間ほど経って仕事も慣れたころ、文子が智子の歓迎会をやろうと職場で仲間を募っていた。そして当然課長の横井も呼ばれた。その中に青木淑子も居た。定休日の前日である土曜日の夜に集まろうとなって、文子は会社から近い居酒屋を予約した。智子はジーンズ姿の軽装で家から出かけて、待ち合わせをした文子と一緒に集合場所に向かった。

一通りの挨拶が終わって、乾杯となり、横井は立って音頭をとった。「かんぱ~い!」大きな声が店内に響く。個室とはいえ、10人が一斉に声を出すと響いてしまうのだ。

一口飲み終えると、智子には次々と質問が浴びせられた。
「ねえ、ご主人ってどんな方なの?」やはり気になることの一番は夫のことだったらしい。
「県庁の公務員なんです。二歳上で今年48歳になります」
「公務員なの!羨ましいわ、家なんか中小企業だから、厳しいのよねこの頃」
「そうですか。でも素敵な旦那様なんでしょ?」そう切り替えした。
「何言ってるの。くたびれてしまって役立たずなのよ。ハハハ・・・だってね、還暦よ!今年。ジジイ~って感じ」
なんとひどい事を言うんだろうと、内心感じた。世の中の夫は妻にそんなふうに思われているのかと気の毒になった。