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バベル。Ⅰ

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Episode.1 女神クリォーツの名の下に



時計塔にまつわる神話の中で、何よりも信じられているのは女神クリォーツの話である。
現に“聖女”と呼ばれる若く美しい女性が時計塔に代々捧げられていた。
今時計塔に聖女として住んでいるのは、リオナである。
聖女となった者は人間と切り離して考えられている。
その為、選ばれた瞬間から苗字は捨て去らなければならない。

そして、“聖女”は別名―――生贄と呼ばれていた。



その場所は、祈りを唯一捧げられる場所であった。
埃ひとつと無いその広大な場所は、塔の中心部分であり、
使い物にならない歯車が天井に組み込まれている。
筒状となったその大きなホールは、“聖女”ただ一人の為のステージであり、
ある種の処刑台でもあった。
太陽の光がスポットライトの様にあたった中心に彼女は立つ。
蒼い瞳を細めて空を仰ぐ。
身につけているのは白く飾り気の無い布であり、また洗練されている様でもあった。

「あ、“聖女”ってあの人じゃない!?」
「そんな簡単に見つかるもんな…あ、本当だ。」

腑抜けた声が聞こえ、彼女は柱の方を見る。
影からひょっこり顔を出したのは、修道女と牧師であった。

「え…」
「こんにちわーお祈りしに来ましたんです。」
「塔の中に住む聖女様に三年に一回はお祈りしなきゃならないらしいんですよー。」

彼女も一度耳にした事のある。
三年に一度は、時計塔を崇める教会の人間がやってくると。
その話を思い出した聖女―――リオナは頷き、牧師達を中心へ招いた。

「はいリスティ跪け。」
「分かった足痛くなるから早くしてね。」

適当な事を言いつつも、修道女のリスティがクリスの前に膝をつく。
胸の前に手を当て、目を閉じた。

「…我、神を崇めし者である。汝、神に跪く事を誓い、それを口にしてみよ。」
「はい。罪深き人間にお導きを頂く為、私は貴方に―――」

一線に伸びる陽の光の下で、お決まりの台詞を言うその二人の光景は
なかなかに神秘的であった――途中二人そろって欠伸をした事を除いては。

「…はい終了。ちゃんと神様と聖女様にお礼の言葉言えよー。」
「了解了解。…神と同等の貴女様、神にこの声をお伝えください。」

その言葉はリオナにも言った覚えがあった。
前聖女であった姉にむけた言葉である。
年に一度、民衆の前で祈りを告げる姉に対して、口にした心無い言葉だった。

「聖女様お邪魔しましたー。」
「しましたー。」

そう言うと二人は上ってきた階段を下り始めた。
昼食は何にするか、という会話が聞こえてくる。
リオナは深いため息を吐いた。



「聖女様きれいだったねー!!」
「おー。」

修道女と牧師の格好のままで市場を歩く二人。
教会の人間を崇める風習のあるこの地域でこの格好で歩くとなかなか気持ちがいいのだ。
しかしこの地域で育った彼女たちを崇める者は少なく、
その代わり民衆は好意を抱いていた。

「でも、一昔前あった魔法は科学で片付けられたのに、塔の伝説とかは信じるんだね皆。」
「魔法は技術のある今だったら皆出来るからな。
 でも錬金術は立派な技術として認められてるぜ?」
「錬金術は技術でいいよ。あれでしょ、大気と人の温度の関係がどうのこうのでしょ。
 私は聖女様みたいな、形の無い神秘的な奴が不思議なんだよ。」
「まぁ、聖女様も人間だしな。予言者とか占い師と同じようなもんだろ。」

50年程前、前世紀末ごろに流行った“魔法”という現象を科学で解明した科学者が居た。
民衆の中には“魔法”をひとつの宗教として崇めていた者もいたが、
殆どが悪徳商売に使っていたので解明後は一切“魔法”という言葉は消えうせた。

30年程前には“錬金術”が広まった。
小難しい科学の解明がいくつも唱えられたが何一つ実証が得られずに、
科学者たちはその存在を認めざるおえなかった。
その後、錬金学という学問が始まり、錬金術師と呼ばれる商人が現れ始めた。
今では錬金術を持つ商人がまだ数は少ないが実際に存在している。

「魔法とか錬金術には信者がいるのに教会には信者居ないよね。」
「アホか。教会の信者じゃ無くて教会が崇める神様に信者が居るんだよ。」
「えー…。教会のおかげで神様が居るんだよ?!」

クリスがため息をつき、隣で歩くリスティの顔を見た。
彼女の頬には火傷の後がある。
それは紛れも無く、クリス自身がつけた傷跡であった。
実を言うと、リスティの右腕にも痛々しい跡がついてある。

リスティが生まれたその時代は、徹底的に“魔法”を根絶する時代だった。
所謂“魔女狩り”が行われた時代であり、錬金術と魔法の、信者の争いの中であった。
彼女とクリスの両親は“魔法”派であったようで、国務責官にむごい拷問を受けていた。
そこでこんな命令が出た。

――――その少年に、少女に焼き痕をつけさせろ。

それは負けを意味し、魔女で無い、魔法を信じない、そんな意味合いが込められていた。
勿論両親達は必死に拒否し、代わりになるとも言い張ったが、責官は許さなかった。

結果、リスティに大きな火傷を負わせる事となってしまった。
現在はその慰謝料として国から莫大な財と権力をリスティの家は授けられ、
クリス家にも教会という名誉ある役職の場を提供された。

意図的で無いにしろ、クリスが傷つけたに違いなく彼自身も未だ罪悪感に狩られていた。

「何でそんなぶすっとしてんのさー。」
「ぶすっとはしてねぇよ。」
作品名:バベル。Ⅰ 作家名:にょん