Green's Will ~狂人たちの挽歌~
プロローグ
「プロリックガス爆弾投下を始めます」
「了解」
暫くするとプロリックガス爆弾と呼ばれる小型爆弾が、UFOを連想させられるエイのような戦闘機から投下された。この爆弾は、地表ぎりぎりのところで鈍い音を発すると、何も破壊させない代わりに紫の煙を辺りに充満させた。
「投下完了。帰還します」
プロリックガス……近年、究極の生物兵器として、戦闘兵器の主役へと躍り出てきている。このガスの特徴は、人間を始めとする動物の神経を麻痺させ、その動きを完全に止める効果がありながら、植物など他の環境に対しては全くの無害。
人間のエゴで地球を破壊しようとしていると主張する一部の平和主義者に対して有無を言わせない方便として。もしくは、戦争をすることに対する後ろめたさを少しでも軽減し、戦争そのものを無理矢理にでも正当化しようとする詭弁の道具として大活躍した。
「正義のための戦争」この言葉が更に力をもつようになった頃。国際社会から「悪の烙印」を押された国々も黙っていなかった。それらの国は往々にして経済破綻し、いわゆる「正義の国」とされる先進諸国に対抗する術は全くなかった。しかし、秘密裏にプロリックガスを開発していたのである。
その事実を知らない「正義の国」はその純潔の仮面の奥にある強欲の醜い笑みを浮かべながら、もっと欲を満たすためにと「悪の国」から富を搾取しようと企てた。
それは、ある「正義の国」の国会議事堂を自ら爆破し、それを「悪の国」の仕業だとでっち上げることだった。自作自演であるため、大統領を中心とする国会議員や高官などは予め避難させていた。犠牲になったのは一般職員のみ。それでも、一般市民における「悪の国」に対する憎悪は瞬く間に広がっていった。
濡れ衣を着せられた「悪の国」。悲劇の主人公と化した「正義の国」からあっという間に侵略されるだろうと誰しも思っていた。
しかし、そんな簡単にはいかない。「悪の国」はそんな事態になることを既に想定していた。むしろ好機とも思っていた。秘密裏に開発していたプロリックガスを実戦投入するよい機会。
「悪の国」は「正義の国」が宣戦布告するのを待たずして、大量のプロリックガス爆弾を投下した。効果覿面。最初の攻撃で人口の半分ほどの人間の動きを止めることに成功した。
「正義の国」も反撃を開始。その時は既に一国間の戦争では収まらず、主要国の全てが「正義の国」「悪の国」のいずれかの陣営に加わりその戦火が拡大していった。
そうやって始まった第三次世界大戦。しかし、その決着がつく前に、プロリックガスが地球全土を覆い尽くしてしまった。
全ての動物がその動きを止めた。事実上、動物は滅亡してしまったのである。
しかし、それだけでは終わらない。プロリックガスの思わぬ副作用。
それは……植物に運動神経が形成され、自律運動ができるようになったことだった。つまり、植物は自分の意志で動けるようになった。
ゆっくり動き出す動物たち。
その中でも、樹木は高い知性をもっていた。
そのうちの一本が動かなくなった人間を見下げながら呟いた。
「貴様等の時代は終わった。俺達の奴隷となって地べたを這いつくばるのだ」
そうやって植物の時代が始まった。
作品名:Green's Will ~狂人たちの挽歌~ 作家名:仁科 カンヂ