クリスマスお父さん
今思えば、私は娘を『美樹ちゃん』と呼んでいた。
もう『ちゃん』を付けて呼ぶのは止めよう。
娘は右手で敬礼の真似をして、コンビニに走って行った。
その背中を見送ったあと、携帯に電話が掛かっていたことを思い出し、あわてて話し掛けた。
「もしもし!?」
「取り込み中か?」
電話の相手は吉原だった。
「ちょっとな。でももう大丈夫だ。仕事の話か?」
「いや、実はな……」
吉原が語尾を濁すことは珍しいことだった。
「大変な事件でも起きたか?」
「…実は、……パ、パパに、パパになったんだ」
「子供ができたってのか!?」
「あ、その、サ、三ヶ月とか言ってた」
吉原が子供のことについてしつこく聞いてきたのは、このためだったのか。
「そうか、お前にも子供ができたか。よかったな」
「あぁ、ありがとう。でもな、やっぱり子供を育てる自信なんてないんだ」
ここまで弱気な吉原も珍しい。
「たった今な、お前の父親体験指導員に着任したよ」
「勘弁してくれ」
娘が飲み物を買って戻ってきた。
できる限り吉原の力になってやらねば。
私の問題は解決したのだから。
娘は私の右側に立っている。
「最後に一言だけいいか?」
「なんだ?」
娘と目が合った。
『何?』という笑顔がまぶしく輝いて見えた。
娘の笑顔が私に向けられることなど、いったいどれほど久しぶりなのだろうか。
「メリークリスマス、お父さん」
― 了 ー