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クリスマスお父さん

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 入口のドアに鍵は掛けられていなかった。
 上野は音もなくドアを開き、素早く中の様子を確認すると、私を先に入らせ、再び物音一つさせずにドアを閉めた。
 グレーの事務机が並んでいるところをみると、何かの事務所なのだろう。
 奥の方にあるドアの擦りガラスから明かりが漏れていた。
 足音をたてない様に慎重に近づいていくと、ドアの向こうから男の声が聞えてきた。

「……すぐ楽になるさ、怖がるな」
 別の男の声があとに続く。
「欲しくて堪らなくなるぜ?」
 さらに別の男の下品な笑い声がする。
 どうやら中にいる男は三人だけのようだ。

「んんーーっ」
 くぐもった声が僅かに聞こえる。
 私の心臓が、ドクンと大きく鼓動する。

「たっぷりとかわいがってやるぜ、ミキちゃんよ」

「っ!!」

 私は近くにあった椅子を使い、力任せにドアを打ち破った。
 すかさず部屋に飛び込み、相手の人数を確認する。
 何が起きたのか理解できていない顔の男が三人。
 テープや紐で手首と足首を縛られた女が二人。

 そのうちの四人は飲み屋街で見た四人だった。つまり、縛られている二人のうちの一人は、娘の美樹だ。

 娘は二人の男によって腕を伸ばすように押さえつけられていて、残る一人の男の手には、注射器が握られていた。

「おっさん誰だよ!」
 状況を理解した男の一人が大声を出した。
 威嚇のつもりなのだろう。

「警察だ! 動くな!」
 ダサイ台詞ではあるが、咄嗟に思い付いた物の中では最良に思えた。そしてそれは思った以上の効果を発揮した。
 三人の男たちは、完全にうろたえている。

 一番近くにいた男が殴り掛かってくる。
 私はフッと短く息を吐く。

 左へ半歩踏み出しながら右手で男の右拳をいなす。
 相手が右拳を引き戻す前に、左手で男の右手首を掴み、外側に捻りながらさらに半歩踏み出す。
 手首を極める手を左手から右手に代えつつ、相手の後ろに廻り込む。
 そして、空いた左手を肘の内側に捻じり込むように打ち込む。

 “一教”と呼ばれる合気道の技だ。
 一対一ならばこれで終わりなのだが、あと二人残っている。
「すまん」
 男の肩口から鈍い音が響く。肩を脱臼させたのだ。

 肩を脱臼した男は、悲鳴をあげながらドアから逃げて行った。残った二人は完全に逃げ腰になっている。
作品名:クリスマスお父さん 作家名:村崎右近