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クリスマスお父さん

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●第十話

 少し早すぎたようだ。
 一番奥のテーブルに座り、早くも三本目のタバコの火を消した私は、そう思わざる得なかった。
この時間帯に客がいることは珍しいのだろう。
 店内には私一人しか居らず、コーヒーを一杯だけ頼んだあと、手持ち無沙汰で何もすることがない私は、タバコに火を点けるしかなかったのだ。
 十時の五分前になって、すみれがやって来た。
「あら、早かったのね」
 微笑むすみれの表情はやわらかく暖かい。
 査察部の人間に聞いたのだが、職場ではこういった表情を見せないそうなのだ。
 未だ男社会の中、男に負けられぬという気負いがそうさせているのだろう。
 三十代の後半に差し掛かっているというのに、未だにその美しさは衰えていない。

 すみれの年齢を知って驚かない者はいないとされる。七不思議の一つなのをすみれは知っているのだろうか。本人は結婚する気はさらさら無いのだそうだ。
 私がぽつりと『勿体無い』と言ったとき、妻はその後三日ほど不機嫌だった。

「何の用だ?」
 私はいきなり本題に入った。
「いきなり、『何の用だ?』は冷たいのではなくて?」
 査察部の連中が聞いたら驚くような台詞だろう。
『氷のすみれ』として恐れられる彼女から“冷たい”という言葉を聞かされ、思わず笑いそうになる。
「そうだな、悪かったよ。だけどな、査察部の人間に呼び出されたら、いい気はしないもんだ」
「私は『氷のすみれ』ですからね」
 コロコロと笑う彼女からは他の社員達が言うような冷たさは微塵も感じられない。
 私が鈍いだけなのだろうか。そんなことはないと思うが。

 ―― 兄さんが心配するような内容ではないことを願うわ

そう前置きして話し始めたすみれは、仕事の顔に戻っていた。
真剣な顔にも美しさが光っている。エロオヤジどもは仕事にならないだろうなと思った。
私もその一人なのかもしれない。

作品名:クリスマスお父さん 作家名:村崎右近