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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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 愁斗は亜季菜をしばらく見つめていた。
「僕は手を貸しませんよ?」
「なんでよ」
「ただの人間が手を出していい領域ではありません」
「愁斗クンだって、怪物を操って戦ってるじゃない?」
「……そうですね」
 愁斗を難しい顔をして押し黙った。
 傀儡師の奥義――召喚。
 〈向こう側〉の存在を召喚して、自分の意のままに操る術。
 愁斗の召喚術はまだ完璧ではない。召喚して使役することはできるが、意のままに傀儡として操ることはできない。
 亜季菜はテレビの映像に釘付けだった。ライブ映像で海岸線が映し出されているが、海は波ひとつ立てない静まりようだ。あの海に怪物が現れたのが嘘だったと思わせる。
 しかし、海から海岸や道路を挟んた建物や商店、その被害は甚大なものだった。海岸に近い建物は見事に倒壊し、巨大な津波は少し先にある駅をも呑み込み、今日は電車不通になってしまった。
 津波以外の力が宿っていたとしか考えられない。大津波の被害は世界各地でもあるが、日本の近代建築がことごとく破壊されるなど、誰が考えただろうか?
「あれからぜんぜん音沙汰無しよね。愁斗クンどこにいるかわかる?」
 静かな海を見て亜季菜は残念そうにしている。
「僕に聞かないでください、そんなのわかるはず……」
 ――助け……さい……あなた……必要……です。
 訝しい顔をして愁斗は亜季菜に尋ねる。
「亜季菜さん、今なにか聴こえましたか?」
「ううん、なにも聴こえないわよ?」
「……そうですか」
「なにかあったの?」
「いえ……千葉に行きませんか?」
 唐突な提案に亜季菜は一瞬言葉を失った。
「えっ?」
「千葉県に行きませんか?」
「だからなんで千葉なんかに行かなきゃいけないのよ」
「もしかしたら、今回の事件に関わることがあるかもしれません」
「だって怪物が現れたの茅ヶ崎よ、千葉って結構距離があると思うけれど?」
 日本海と太平洋とまでの差はないが、それでも神奈川県茅ヶ崎と千葉県では多少の距離がある。
「確証はありませんが、僕を呼んでいる人は千葉にいます。あの場所しか心当たりがありません」
「どういうことよ?」
「亜季菜さんに出会う前、僕が訪れた場所のひとつです」
 施設から逃げ出して半年、当時9歳の愁斗は小さな漁村を訪れた。大よそ今から5年前の出来事だ。
 嵐の海と謎の歌声。
 海に棲む一族同士の抗争に愁斗は巻き込まれた。
 あの事件と今回の事件が関わっているか、その確証はまったくない。
 ただ、強くなにかを感じるのだ。

 東京湾アクアライン利用して、さらに千葉県の奥へと進む。
 車を運転する亜季菜は何度も愚痴を漏らした。
「遠すぎ」
 都内に比べて交通の便が良いわけでもなく、目的に地に着くまで異様に長く感じた。
「あーもぉ、伊瀬クン連れてくるんだったわ。愁斗クン18になったらすぐに免許取るのよ、いいわかった?」
「そういえば伊瀬さんはどうしたんですか?」
「置いて来たのよ、彼を巻くのなかなか大変なんだから」
「やはりそうですか、亜季菜さんを探して大変でしょうね」
「実はここだけの話、愁斗クンとの連絡用のケータイは普段アタシが使ってるケータイと違うのよ。ほら、GPS機能とかですぐに居場所わかっちゃうじゃない?」
「そうなんですか」
 愁斗は亜季菜に見えないところでケータイを操作していた。伊瀬に亜季菜の居場所を伝えるメールを送っているのだ。
 またしばらく運転して亜季菜は愚痴を言う。
「もうイヤ、運転したくない」
「たぶんもうすぐ着きます」
「さっきから同じことばっかり言ってるじゃないのよ」
 趣味がドライブの亜季菜だが、彼女の専門は?峠?だ。一般道なんて走ってもなにも楽しくない。
 またしばらく走っていると、遠くの景色に海らしき輝きが見えてきた。
 愁斗が呟く。
「見覚えがある景色のような気がします」
「で、この辺りのどこに行けばいいわけ?」
「さあ?」
「ヌッコロスわよ」
 急ブレーキでタイヤが悲鳴をあげた。
 車を停車させ、亜季菜は血走った眼で助手席の愁斗の襟首を掴んだ。
「さあってなによ、さあって!」
「長時間の運転をさせてしまったことは謝ります。ただ僕にも漠然としか……」
 ――助けてください。地上で頼れるのは貴方様だけなのです。貴方様の力が必要なのです。
 愁斗の脳に鮮明な声が聴こえた。
「近いです。海岸沿いを少し走ってください、きっといる」
「……わかったわよ」
 少し不機嫌さを残しながら亜季菜は車を走らせた。
 海岸沿いの道路から見る海は、とても寂しく波打っている。
 しばらくして愁斗が叫ぶ。
「あれです!」
 窓を開けて愁斗は外を指差した。
 砂浜に立つ白いワンピースの女性。夏ならば似合いそうだが、冬空の下に女性がワンピースを着て立っているのは、不気味としか言いようがなかった。
 間違いないと愁斗は確信した。
 車を停めて愁斗はすぐに飛び出した。
 砂浜を走り女性に駆け寄る。
「やはり僕を呼んでいたのは貴女でしたか」
「お待ちしておりました」
 女性は母のような優しい顔で愁斗を出迎えた。
 その名は瑠璃。

-2-

 魔法陣の上に浮かぶ亡霊に魔導士ゾーラは悪態をついた。
「ふんっ、龍封玉を盗んで来てやっというのに、海龍を操れんとは口ほどにもない」
「おのれぇ言わせて置けば」
 亡霊の影は赤く揺れる炎のように憤怒していた。
 揺れる影に時おり映る女の顔。
 妖艶な邪悪さを持った美を誇っている。
「肉体さえ、肉体さえ完璧ならば海龍など妾の思うが侭じゃ!」
「お前の肉体は死んだ。魂も私が召喚せねば久遠の闇を彷徨っていたのだぞ、少しは役に立ってもらわねば困る」
「貴様などに使われる妾ではないわ。己が復讐のため、お主と利害が一致しておるだけじゃ」
「それでもいい、とにかく海龍を操ってもらおう」
「言われなくともわかっておるわ!」
「ならばいいのだ、頼んだぞ」
 ゾーラはマントを翻し、小さな部屋を後にした。
 フローリングの廊下はリビングに続いていた。
 キッチンの横を抜けてリビングまで行くと、新聞を読むのをやめたタキシードの男が尋ねてきた。
「どうでしたか?」
「まだまだ時間がかかりそうだ」
「なら気長にやりましょう」
 タキシードの男――シュバイツは再び新聞を読み始め、コーヒーカップに手を伸ばした。
 しかし、そんな態度が気に食わない者がいた。ヨーヨーで遊んでいるキラという少年だ。
「なにまったりしてんだよ、早くドーンとガーンって派手にいこうぜ」
 ゾーラは首を横に振った。
「若いと気が短くてかなわん。もう少し悠長に構えたらどうだ?」
「なに言ってんだよアニキ、早く怪獣を操って町をぶっ壊そうぜ」
「こんな若造がいるとは、我らの組織も相当な人手不足と見える」
「んだと、オレより先輩だからってデカイ面すんなよ。なんならやっか? 相手になってやるぜ」
 2人が殺し合いをはじめる前に、シュバイツは新聞を置いて口を挿む。
「ゾーラさん、彼の実力は僕が保障しますよ。上の命令で何度かチームを組まされましたが、戦闘に関してのセンスはなかなかのものです」
「平気な顔をして嘘をつくお前の言葉だが、その言葉は信じよう」