小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

傀儡師紫苑アナザー

INDEX|27ページ/40ページ|

次のページ前のページ
 

 問題は〈闇〉を真珠姫の精神のどちらが強いかだ。
 真珠姫が大きく振るった槍が躱[カワ]され、隙を衝いて瑠璃の矛が真珠姫の胸を突き刺した。
「惜しいな瑠璃姫」
 矛を抜きながら真珠姫が後ろに飛んだ。胸から流れ出る血はすぐに止まり、傷痕もなかったように塞がっていく。
「胸の肉がなければ心玉[シンギョク]を突かれて死んでおった」
 艶やかに笑う真珠姫の顔に死を手前で免れた恐怖はない。命が助かったから笑っているのではなく、死など最初から恐れていないという風だ。
 〈闇〉では勝てないかもしれない。
 脅威の自然治癒能力を二人の戦いは決着まで時間がかかりそうだった。
 しかし、真珠姫は奥の手を出してきたのだ。
「醜うての、この手は使いたくなかったのじゃが……」
 真珠姫を包む七色の鱗が毛のように逆立ち、肉体が波打つように膨れ上がり、しなやかな曲線を誇る肉体が、筋骨隆々とした肉体へと変貌を遂げた。
 角ばったエラから湯気を出し、金色の眼で真珠姫はギロリと瑠璃を睨みつけた。その表情に変身前の艶やかな色香はない。
「おぞましくて身震いするか、のお瑠璃よ?」
「その姿は貴女の心を映しているのですね」
「キェーッ! 戯けがッ!!」
 奇声を発した真珠姫はがむしゃらに槍を振るった。
 辛うじて瑠璃は槍を矛で受けるが、力押しされて後退りをしてしまっている。
 愁斗はついでも妖糸を震えるように指先を動かしていた。
 果たして今の真珠姫に二人掛かりでも勝てるかどうかわからない。
 それでも愁斗は手を出さなかった。
 瑠璃の矛が真珠姫の胸を捉えた。だが、真珠姫の動きは瑠璃を凌駕していたのだ。
 矛は真珠姫の肩に突き刺さり身動きを封じられた。
「ぎゃッ!」
 短い悲鳴と共に瑠璃の腕が地に落ちた。
 肘からが消失した腕から鮮血が吹き出し、瑠璃は出血を手で押さえながら後ろに引いた。驚異的な治癒力も、腕を瞬時に生やすことはできないらしい。
 落ちた腕は干物のように干からびて縮んでしまった。
 肩に矛を突き刺しながら真珠姫は下卑た笑いを浮かべた。
「痛烈な痛みであっただろう。次は貴様の矛で心玉を砕いてやるぞよ」
 肩に突き刺さる矛の柄に真珠姫が手をかけた刹那、泥水が沸騰するような音が木霊した。
「傀儡師の召喚に恐怖するがいい!」
 背筋を凍らす強大な気配。
 宙に描かれた紋様を真珠姫は驚愕の眼で見た。
 〈それ〉の叫びが闇色の裂け目を狂わせ、この世に闇色の羽虫を解き放った。
 群を成す大量の羽虫が奇怪な羽音を立てながら、真珠姫の肩の傷目掛けて飛んだ。
 悲鳴とも叫びともつかない声をあげて、真珠姫は闇色の蟲に包まれながら地面を転がりまわった。
 鋼の瞳で愁斗は諭すように呟いた。
「その蟲は闇蟲[アンチュウ]の一種。異形のモノの血が好きでね、行き過ぎて肉まで喰らってしまう」
 闇蟲に全身を包まれ、叫びをも闇の中に呑みこまれて聴こえない。
 骨まで溶かされ喰われれば、治癒力などないに等しい。
 闇蟲の群から手首が放り出されて地面に落ちた。
 もう決して真珠姫は助からまい。
 真珠姫を包んでいた闇蟲の群が波立ち、その矛先を腕から血を流す瑠璃に向けようとしていた。しかし、それを愁斗が許すはずがない。
「還れ!」
 愁斗が命じると、闇色の裂け目から〈闇〉が飛び出し、叫び声をあげながら闇蟲の群を全て呑み込み、跡形も残さず裂け目へと還っていった。
 召喚は全て終わり、完成した。
 脅威は全て去った。にも関わらず愁斗は殺気を感じ振り返った。
 地面に落ちていた真珠姫の手首が宙に浮き、道路に横たわっていた海男の心臓に突き刺さった。
「海男!」
 瑠璃の悲痛な叫びが木霊する。
 すぐさま瑠璃は海男の身体を片腕で抱きかかえ膝に乗せ、突き刺さった真珠姫の手首を抜き取った。
「海男、海男!」
 心臓が握りつぶされている。これでは瑠璃の血で癒すことはできない。それでも瑠璃は腕から流れる血を海男の胸の傷に擦り付けた。
「海男!」
 閉じていた海男の瞼が痙攣したように微かに動いた。
「生き返って!」
 母の願いが通じたのか、海男の眼[マナコ]が静かに開かれた。
「……母ちゃ……」
 海男の首から力が抜け、海男は静かな永久の眠りについた。
 瑠璃は声すら出なかった。
 ただ一筋の涙が頬を伝い、それは小さな宝石となって地面に落ちた。
 一部始終を見ていた愁斗の表情は読むことができなかった。鋼の表情を崩さぬ、無情の表情とも見て取れた。
 海男の身体を静かに横に寝かし、瑠璃は零れた宝石を拾い上げ愁斗に差し出した。
「これを伸彦様にどうぞ渡してください。海男が死んだ今、この子の身体の中で眠っていた龍封玉は力を失いました。私は海男と一緒に海に帰ります」
 瑠璃色の宝石が広げたてのひらに乗せられ、愁斗はそれを力いっぱい握り締め、海へ帰る親子の後姿を見送った。

 どのくらい愁斗はそこに立っていたのか時間は定かではないが、強く降り続いていた雨は静かに振る涙雨に変わっていた。
「おーい!」
 野太い声が愁斗を呼んでいる。
 振り向くと伸彦が愁斗に駆け寄ってきていた。
「胸騒ぎがして飛んで帰ってきたんだ」
「そうですか」
 愁斗は握り締めていた宝石を伸彦に渡した。
「瑠璃さんがこれをあなたに。海男は瑠璃さんと一緒に海に帰りました」
「……そうか」
 涙でできた宝石を受け取った伸彦はなにを思ったのか?
 しばらく無言だった伸彦が愁斗に背を向けた。
「そうか、海男のやつ俺よりも母ちゃんと一緒に暮らせて幸せだろうよ」
 むせび泣く声が荒波の音に呑まれて消えた。

 (完)