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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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「おめえと海男だったら似たもの同士だから、少しは気が合うかと思ってけど駄目だな」
 伸彦の眼には二人の少年が映っていた。どちらも背格好の割に大人びた雰囲気がある。この大人びた雰囲気がどこから来ているのか。それを考えると伸彦は恐ろしい気がするのだった。
 今までずっと本を読んでいた海男が突然に立ち上がった。
 そして、愁斗が静かに呟いた。
「唄が聴こえる」
 その言葉に伸彦はゾッとした。
「唄なんて聴こえるもんか、外は嵐だぞ」
 吹き付ける風と雨の音。
 海男はふらふらと夢遊病のように玄関へ歩いていた。
 血相を変えた伸彦が海男の腕を掴んだ。そのとき、信じられないことが起こったのだ。
 細い身体の海男が大柄な伸彦を殴り飛ばしたのだ。そんな力が海男のどこに秘められていたのか、驚かずにいられない。
 轟々と強烈な雨風が家の中に吹き込んできた。
 玄関から伸彦が素足のまま出て行ってしまった。
 慌てて伸彦も素足のまま玄関を飛び出し、辺りを見回すが海男の姿はすでにない。
 伸彦のすぐ横を愁斗がすり抜けようとしていた。
「探してきます」
 そう言って愁斗は駆け出していった。
「おい待て!」
 伸彦の声は愁斗の背中に向けたものだった。声は雨風に掻き消され届かない。
「ちくしょ」
 小さく吐き捨てた伸彦は玄関まで引き返し、急いで履物を履いて海男と愁斗を探しに出た。
 雨が顔を激しく打ちつけ視界を遮る。
 二人はどこにと辺りを見回すが人影すらない。海の恐ろしさを知る者が嵐の日に外に出ているはずがない。海岸沿いに近づけば高波に呑まれ、一瞬のうちに命の灯火を掻き消されてしまう。
 唄が聴こえた。
 嵐の中だというのに、澄んだ女性の歌声がどこからか聴こえてくる。
 伸彦は首を激しく横に振って唄を掻き消そうとした。
 唄は耳を塞いでも脳に直接届いてしまう。
 この辺りの船乗りならば、この唄の正体を誰も知っている。しかし、誰もそのことを口に出すものはいない。人間が決して踏み入れてはいない領域なのだ。
 気がつくと、伸彦は浅瀬近くに来ていた。普段は岩肌が見え、沢蟹や小魚が泳ぐこの場所だが、今は水量が増して高波が目の前まで迫ってくる。
 唄はさきほどより大きくなっていた。
 近くにいる。
 海男と愁斗と、もうひとつ違う存在が――。
 眼を凝らす伸彦の目に少年の影が見えた。
「ここは危険だ、早くこっちに来い!」
 伸彦の怒鳴り声に反応して振り向いたのは愁斗だった。
 愁斗はちらりと伸彦の顔を見ただけで、すぐに岩陰に消えてしまった。
「クソッ」
 吐き捨てながら伸彦は愁斗の影を追う。
 愁斗の消えた岩陰が曲がると、そこには海水の通る洞穴があり、その洞穴を避けるようになぜか周辺だけ波が穏やかだ。
 地元の者は決して足を踏み入れない洞穴。足を踏み入れれば必ず祟りが起こるとまで言われている。――唄はこの奥から聴こえた。
 伸彦は意を決して洞穴の中に足を踏み入れた。
 洞穴の中は膝まで水かさがあり、横幅は5メートル以上、高さも3メートル以上はあると思われる。外の荒波が流れ込んできても不思議ではないが、やはりここには不思議な力が働いているように思える。
 普段は中まで光の差し込む洞穴だが、曇天が陽を遮ってしまい、中は不気味に暗く口を開けている。しかし、伸彦は懐中電灯を持っていた。最初からここに来なくてはいけないことを知っていたのだ。
 奥に進むライトが人影を捕らえた。
 一人目は愁斗。その奥にいるのは海男だ。
「早くこっちに来い!」
 伸彦の叫びに耳を傾けるようすはない。
 ライトを奥に照らしながら伸彦が駆け寄ろうとすると、愁斗が大声で叫んだ。
「来ないで!」
 細い輝線が手から放たれた。
 刹那、奇声にも似た女の叫び声が洞穴に木霊し、伸彦は慌てて大きく跳ね上がった水しぶきにライトを当てた。
 なにかにライトが反射し、七色の光が伸彦の目を眩ませた。
 そこになにかがいた。
 伸彦は慌てて愁斗たちに駆け寄った。
 意識を失っている海男を抱き支えている愁斗の顔には苦痛の色が浮かんでいる。よく見ると、愁斗の腕に深く抉ったような傷があり、まるでそれは鑢[ヤスリ]で削ったような荒い傷だった。
「大丈夫か?」
 伸彦が聞くと、愁斗は軽く頷いた。
「大丈夫です。それよりも彼のことをお願いします」
 愁斗は海男を伸彦に預け、洞穴の行き止まりを眺めて聞いた。
「そこに潜ると海に繋がっていますか?」
「そういう噂もあるが、本当かどうかはわかんねえ。まさか潜る気かっ!?」
「残念ながら、僕は泳ぐことができません」
 泳げるのならなにかの跡を追う気だったのだろうか。
「まだまだ僕のレベルじゃ追えない……」
 悔しそうに呟く愁斗の横顔がそこにはあった。それを見た伸彦の心中に不安が過ぎる。海男と似た雰囲気を持つ少年。やはり二人は同じ存在なのだと伸彦は確信してしまったのだ。

 家に帰ってきた伸彦たちは海男をすぐ横の寝室に寝かせ、愁斗も海男の服を借りて濡れた服を着替えた。
 ――それからだいぶ時間が過ぎた。
 その間、愁斗は伸彦になにも聞こうとしなかった。不可解な事件に巻き込まれたというのに、伸彦になにも尋ねようとしないのだ。
 伸彦も聞かれても答える気がなかった――答えられる勇気がなかった。しかし、愁斗がなにも尋ねないために、伸彦は尋ねてしまったのだ。
「どうしてなにも聞かない?」
「あなたに話す気がないのならば、僕は聞きません。関わるなというのなら、もう関わりません。忘れろというのなら忘れます」
「いや話す。おまえにだったら話していいような気がするんだ」
「なぜ?」
 聞き返す表情はいつものそれとは違い、年相応の顔つきをしていた。
 その顔を見た伸彦の方から力が急速に抜けた。
「よかった。おまえは俺達に近いんだな」
 伸彦の言葉を聞いた愁斗は急に小難しい顔をして押し黙ってしまった。
 慌てた伸彦が取り直そうとする。
「悪かった、そんな気で言ったんじゃないんだ」
「やはりあなたにはわかりますか、僕や海男君が少し人間とは違う存在だということが?」
 今度は伸彦が押し黙る番だった。
 やはり愁斗は海男が普通の人間とは違うことに気づいているのだ普通の人間と違う――そんなことは海男を知る村人たちも知ってる。けれど村人達は変わり者程度にしか海男を見ていない。愁斗は海男の奥に潜んでいるモノを感じ取っているのだ。
 10年ほど前まで、伸彦は海の男として漁船の船長をしていた。村では勇敢で逞しい海の男と言われ、誰からも尊敬される存在だった。そんな伸彦の息子が海男だ。
 細身で病弱な顔色をした海男が伸彦の息子だと、誰もが信じていなかった。きっと母親が別の男と寝て作った子供だという悪い噂まであった。そんな悪女だから、子供と伸彦を置いて逃げてしまったんだと、そんな噂が広がったこともあった。
 噂話は全部、伸彦の耳に届いている。直接に聞かなくても、小さな漁村では嫌でも耳に入ってしまう。
「とにかく俺の話を聞いてくれ」
 伸彦は愁斗に重い口を開いた。愁斗はなにも反応しなかったが、伸彦はそれを承諾したと受け取り話をはじめた。