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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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 チェーンロック越しに、眼鏡をかけた男の眼が覗く。
「どなた?」
 男の声は微かに怯えていた。
「保険会社の者です」
 これは嘘ではない。普段この傀儡は保険会社で訪問セールスをしているのだ。
「そういうのは結構だから」
 男はそういうとドアを素早く閉めてしまった。
 愁斗は傀儡の眼を通して男の姿を確認していた。間違いない探している男だ。
 目の前の現実で鐘がなった。
 教師が教室を出て行き、教室が一気にざわめき立つ。
 愁斗も何気ない仕草で席を立ち、ポケットからケータイを出すと窓辺に寄りかかり、伊瀬に電話をかけた。
「もしもし」
《ご用件は?》
「探し物を見つけました――」
 その後、愁斗は住所だけを言って通話を切った。
 愁斗の仕事はここまでだ。後は誰かが引き継いで男を確保するだろう。
 日常の景色に溶け込んでいく愁斗。
 授業の開始を知らせるチャイムが鳴る。

 学生だけに与えられた時間――放課後。
 夕焼け空の下、愁斗はひとりで帰路についていた。
 学校での友達はいない。転校して来たばかりということもあるが、愁斗自身が意図的に友達を作らないようにしていたのだ。
 愁斗のケータイが鳴った。
「もしもし」
《伊瀬です。男に逃げられてしまいました》
「それで僕になにをしろと?」
 自分に電話をかけてきた以上、なにか頼み事があるに違いなかった。
 とても簡潔でスムーズに話が運ぶ。
《どこで嗅ぎ付けたのか、あの女ガンマン――ヴァージニアとも遭遇してしまいました。愁斗君には女ガンマンの処理をお願いします》
「場所は?」
《愁斗君がいる駅から1つ前の駅から、愁斗君のいる駅方向へ走っている電車です》
 足を止めて通話をしていた愁斗だが、伊瀬の言葉を聞いてすぐに階段を上がり駅内へと急いだ。
「桂木もその電車にいるんですか?」
 桂木とは亜季菜たちが探している設計図を盗み出した研究者の名前だ。
《はい、ですから、すでに桂木とヴァージニアが遭遇した可能性は大いにあります》
「電車の中で殺されると思いますか?」
《では、よろしくお願いします》
 答えは返されず通話を切られた。
 愁斗は急いで改札口を通り抜け、ホームに目をやった。電車は来ていないが、すぐに電車が到着するとアナウンスで放送されている。
 下り線のホームに電車が到着する。愁斗はすぐに乗り込むことをしない。辺りの様子を伺いながら、降りてくる乗客の確認をしていた。
 ――いた。
 眼鏡の男にぴったり寄り添うブロンドヘアーの女性。二人には見覚えがある。ひとりは桂木、もうひとりは前に会ったとき違いラフな格好をしているが、テンガロンハットだけは前と変わっていない。
 カップルとは思えない。援助交際にも見えない不釣合いな男女の前に愁斗が立ちはだかった。
「お二人にお話があります」
 桂木は額にも鼻の頭にも脂汗をじっとり滲ませていた。後ろにいるヴァージニアは不信の目で愁斗を見つめて黙っている。
 学生服に身を包んでいるが、中身はただの学生ではない。ヴァージニアはそれを瞬時に悟っていた。自分と同じ、血の香りがする。
 ヴァージニアは桂木の腕を掴んで走り出そうとした。しかし、桂木の身体は石のように硬くびくともしない。愁斗が桂木の身体を妖糸で固定していたのだ。
 だが、愁斗はこのとき致命的なミスに気づいていた。
 ヴァージニアがリボルバーを抜いたのだ。
 人の大勢いるホームで騒ぎを起こすわけにはいかなかった。少し前まではヴァージニアもそう考えていただろう。しかし、目の前に謎の中学生が現れてしまったのだ。
 銃口が愁斗の眉間にターゲッティングされる。
「この男に掛けた術を解きな!」
 ヴァージニアは桂木の身体が動かなくなったことを瞬時に謎の中学生と結び付けていた。
 向かいのホームに電車が到着しようとしている。
 駅員がそろそろ駆けつけて来るかもしれない。
 ?愁斗?として騒ぎを起こすことは絶対あってはならなかった。
「早くこの男を動けるようにするんだよ!」
「望みどおりにしよう」
 愁斗が呟く。
 すると次の瞬間、桂木がぎこちない足取りで走り出したのだ。
 ホームを駆け出す桂木を見てヴァージニアに一瞬の迷いが生じる。彼女は桂木を選んだ。目の前の中学生を見ながらも、逃げ出す桂木を追ったのだ。
 逃げる桂木よりもヴァージニアの方が明らかに早い。このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。
 生きている人間を操るのは難しい。〈操糸〉の術はまだまだ完成されていないのだ。
 後に使えることになる〈切糸〉も、今の愁斗は生身のままでは使うことができなかった。
 急いで愁斗はケータイを取り出した。
「もしもし、伊瀬さん桂木を〈操糸〉で確保しました。大至急駅の東口に車を回してください」
《白いバンがすぐに向かいます》
 桂木の後をヴァージニアが、その後を愁斗が追っていた。
 遠隔操作している対象から絶対目を放してはならない。傀儡であればその眼を通して映像を〈視る〉ことができるが、生きてる人間ではそうもいかなかった。生きている人間は肉眼で確認して操作しなければならなかったのだ。
 気を失っていない人間を操るのは最悪だ。
 階段を転げ落ちないように慎重に下り、桂木の身体は駅前のロータリーに運ばれた。
 本来タクシーだけが進入を許された場所に白いバンが乗り込む。
 バンはスピードを緩めながらも停車することなくドアが開けられ、帽子を目深に被ったスタッフが桂木に向かって手を伸ばした。
 ガシッと桂木の手首が捕まれると、桂木の身体は呑み込まれるようにして車内に引きずり込まれた。
 バンのケツにヴァージニアが銃口を定める。
 悲鳴があがった。
 この世のものではない叫び。
 幼女が泣き叫び、男が吼え、老婆が嗤う。
 怨霊呪弾がバンに向かって発射された。
 発射された呪弾はバンを後部を掠め、金属を溶解したように溶かしてしまった。
 的を外れ呪弾は通行人に当たり、通行人の身体は〈闇〉色の傷痕を残し、痛みよりも恐怖で発狂し、蒼い炎によって焼かれて死んでしまった。
 辺りは一瞬にして騒然とし、なにが起きたのか理解できないまま人々は逃げ惑った。
 桂木に逃げられ、ヴァージニアは辺りを見回すが、謎の中学生の姿もすでに消えていた。
 駅前の交番から警察が駆けつけてくる。
 ヴァージニアもまた雑踏の中へ姿を消したのだった。

 身体の自由を奪われたまま、桂木は車内の座席に座らされていた。
「設計図はどこにある?」
 体つきのいい近藤が桂木の尋問に当たっていた。
 車の中にいるのは運転手を含める男3人と、桂木の計4人だった。
 線路沿いに走っていた車はとある駅前で停車し、5人目を乗せることになった。電車で移動してきた愁斗だ。
 桂木の身体は愁斗によって拘束されたままだ。これを自由にできるのは愁斗だけだ。だが、今はまだ解くわけにはいかない。
 改造されたバンの中は機材が詰まれ、ほとんどの座席は取り払われてしまっている。
 愁斗は桂木の前に立った。
「設計図はどこにありますか? しゃべっていただけないのなら、今あなたを拘束している?力?であなたの身体を締め上げますがよろしいですか?」