虹を架ける竜の歌
季節は瞬く間に過ぎて行きます。
少女たちはいつも外で歌っていましたので、大変に目立ち、町の噂にもなりました。
最初は男の子に笑われたり先生に呆れられたりしましたが、いつからか少女たちの歌を近所の人たちも楽しむようになっていました。
少女は皆と一緒に歌いながら、毎日を楽しく過ごしました。
そんな幸せな日々でも、少女は竜のことを忘れてしまいませんでした。
授業の最中でも、空を見上げていて注意されることがよくありました。そんな少女のために、お人好しの少年が窓際の席を譲ってくれました。もちろん、先生にはナイショです。
この頃から、自力で手紙を届けられないだろうかと、お休みの日には自転車に乗って、あちこちの湖や滝を見て回りました。
いつも空を見上げながらペダルを漕ぐので、お人好しで心配性な少年が文句を言いながらも、少女のお守役として付いてくるのでした。
竜の棲み処探しの小旅行も、しばらくすると行きづまってしまいました。
お小遣いで初めて買った、ベッドみたいに大きな地図は、赤いバッテンで埋まっています。相変わらず、本には役立ちそうな話もありません。
――竜はだいぶ秘密主義ね。
手紙に、「家を教えてください」、と書いてしまい頭を抱えます。
ふと、少女は空を見上げてあの日の事を思い出しました。
目の前が真っ暗になるほどの大雨はあの日しか覚えがありません。その後に見た、町並みに架かる大きな虹も。
そう、絶対に竜があの雨を降らせて、少女に虹を見せてくれたに違いないのです。
――竜じゃなきゃ、無理に決まってる!
少女は今までに書いた手紙を読み返してみようと思いました。幼い頃には気付かなかったヒントが何かあるかもしれません。
少女はたくさんの手紙が折り畳まれた宝箱をそっと開きました。
色も大きさも様々な紙が、ギッシリと詰まっています。
全てが丁寧に丁寧に畳まれて、しまってあります。
一枚一枚、少女はかつての自分が気持ちを込めて書いた手紙を、読み返し始めました。
拙い字、不器用な言葉遣い、誤字脱字。
それらの手紙は決して上手くはありませんが、心の温かくなる手紙でした。
そしてその時、少女は初めて気付きます。
少女はかつて、小柄で病弱で、一日の大半をベッドの上で横になって過ごしていました。
家の外はまるで別世界。そこには憧れるだけで、決して触れられない場所でした。
少女にとっては家の中と本の中だけが世界の全てでした。
あの虹を見てから、全てが変わったのです。
――あの虹は、やっぱり、竜が架けた虹。
特別な、竜の虹だったからこそ少女は魔法に掛かったのです。
少女の中に芽生えた気持ち、竜にお礼を言いたいという気持ちが、少女を外の世界に連れ出してくれたのです。
今では、歌も友だちも学校での日々も、全てが少女の大切な宝物でした。
少女の頬を透明な透明な雫が、後から後から流れていきます。涙がどこからか湧きだしてきて止まりません。
大切な手紙を涙で濡らさないようにするのが大変でした。
今ほど切実に心の底から竜に会いたいと思ったことはなかったでしょう。
少女は泣きながら青空の下へと駆け出しました。犬が、少女の背を追い、一緒に走って付いて来てくれます。
もはや、少女は青空の下で大声で泣くのを我慢しませんでした。
「ありがとう」の気持ちで、少女の胸は張り裂けそうなほどでした。
涙で滲む瞳でそれでも竜を求めて空を見上げます。
太陽の光が、涙のせいで虹色に輝いていました。
その時、少女の心から燃え上がるように飛び立ち、羽ばたくものがありました。
――歌。
それは『竜の歌』でした。
そして、少女の歌でもありました。
まるで、今までに書いた手紙が一つの炎となったかのように燃え上がって、少女の心を焦がします。会いたい。伝えたい。
――ありがとう!
止め処なく溢れてくる言葉を、少女は声の限り歌いました。
強くて大きな歌でした。
風に乗って、かつての虹の遥か向こうまで、その歌は駆けていきます。
遠くから聞くと、優しい竜の歌声のようでした。
完