虹を架ける竜の歌
小柄で病弱な少女は強くて大きな竜に憧れています。
ある日、ベッドに体を起こして本を読んでいると、青空が真っ黒な雲に覆われて、大雨が降りました。
あまりにも強い雨ですので、庭の木々も見えない程です。飼い始めたばかりの子犬も、大声で吠えています。
呆然と窓の外を見ていると、唐突に世界は晴れ渡り、少女の目の前には丘下の町並みに架かる大きな虹が輝きました。少女の瞳の中、紙の白と活字の黒しかなかった世界が、一瞬で塗り替わってゆきます。
その時です。少女の瞳に何かとてつもなく大きなものの影がチラリと横切ったのは。
大きくて強くて、優しい何か。とてつもない誰かが、少女に虹をプレゼントしてくれたのではないか。
本と魔法を信じる少女は、その正体は竜に違いないと思いました。
――きっとまだ若い竜ね。隠れるのが下手だもの。
それから、少女は素敵な竜にお礼をしたいと思い手紙を書き始めました。
ただの気まぐれや偶然だったとしても、少女はとっても嬉しかったのでどうしてもお礼をしたかったのです。しかし、竜の棲み処はトールキンもジョーンズも教えてくれません。
手紙を書いても竜まで届けられないのです。
少女の日課に、空を見上げる時間が増えました。竜を探すためです。
しかし、竜を見つけても身体の小さな少女の声では空まで届かないかもしれません。
そこで、少女は歌を習い始めることにしました。
両親は身体の弱い少女を心配しましたが、固い決心の少女のために歌の先生を呼んでくれました。とびきり厳しい先生ですので、娘はすぐに音を上げるだろうと思ったのです。
しかし、諦めたのは両親の方でした。
少しずつ、少しずつ、少女の歌は上達していきます。
最初は発声練習だけで息が上がって倒れてしまう程でしたが、体力を付けようと子犬と一緒に散歩にも出掛ける様になりました。
そうして季節が一巡りする頃には、少女は犬と一緒に走れるまでになっていました。そしてまた両親も、ようやく少女を応援してくれるようになりました。ずっと心配し続けて、いつか辞めさせようとしていたのです。
走りながらも少女の目は時折空を探します。
少女はあれかも、何度も何度も手紙を書きました。
竜に贈る手紙です。虹を見せてくれたお礼の手紙です。まだ宛先は不明のままです。何十冊の本を読んでも竜に手紙を届ける方法は分かりません。
――サンタクロースには簡単に届くのに、竜は随分と恥ずかしがり屋ね
少女は思います。
それでもまた、空を見上げ、本を読み、子犬と共に走り、歌を歌いながら、毎日のように手紙を書きました。
いつしかその手紙には、虹のお礼だけではなく様々な出来事も書くようになりました。
覚えた花の名前、面白かった本、素敵な歌、好きな言葉。
それらを少女は、いつか竜に贈る時のために大切に大切に畳んで、箱の中にしまいました。
季節がさらに巡ります。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
病弱だったはずの少女はいつの間にか普通に学校に通えるようになりました。
そして、とてもとても素敵なことが起きました。少女は空を見上げ、また手紙を書きました。「友だちができました」、と。
――たくさんの友だちと一緒に歌った方が、空からは聞きやすいに違いないわ!
少女は空を見上げて気付きました。
そしてすぐに、友だちを誘って合唱部を作ります。
歌をずっと習い続けてきた少女が教える役になって、皆で歌いはじめました。
厳しい厳しい歌の先生からも褒められるくらい、少女の歌は素敵なものになっていたのです。
少女たちの合唱部は少しずつ少しずつ上手くなっていきます。大きく育った犬と一緒に走って、皆で体力づくりも欠かしません。
校舎には空き教室が無く、発声練習も歌の練習も青空の下でした。
少女はいつでも空を見上げていました。
――もしかしたら、竜がこっそりと歌を聴きに来るかも。
少女は秘かに期待したのです。
ある日、ベッドに体を起こして本を読んでいると、青空が真っ黒な雲に覆われて、大雨が降りました。
あまりにも強い雨ですので、庭の木々も見えない程です。飼い始めたばかりの子犬も、大声で吠えています。
呆然と窓の外を見ていると、唐突に世界は晴れ渡り、少女の目の前には丘下の町並みに架かる大きな虹が輝きました。少女の瞳の中、紙の白と活字の黒しかなかった世界が、一瞬で塗り替わってゆきます。
その時です。少女の瞳に何かとてつもなく大きなものの影がチラリと横切ったのは。
大きくて強くて、優しい何か。とてつもない誰かが、少女に虹をプレゼントしてくれたのではないか。
本と魔法を信じる少女は、その正体は竜に違いないと思いました。
――きっとまだ若い竜ね。隠れるのが下手だもの。
それから、少女は素敵な竜にお礼をしたいと思い手紙を書き始めました。
ただの気まぐれや偶然だったとしても、少女はとっても嬉しかったのでどうしてもお礼をしたかったのです。しかし、竜の棲み処はトールキンもジョーンズも教えてくれません。
手紙を書いても竜まで届けられないのです。
少女の日課に、空を見上げる時間が増えました。竜を探すためです。
しかし、竜を見つけても身体の小さな少女の声では空まで届かないかもしれません。
そこで、少女は歌を習い始めることにしました。
両親は身体の弱い少女を心配しましたが、固い決心の少女のために歌の先生を呼んでくれました。とびきり厳しい先生ですので、娘はすぐに音を上げるだろうと思ったのです。
しかし、諦めたのは両親の方でした。
少しずつ、少しずつ、少女の歌は上達していきます。
最初は発声練習だけで息が上がって倒れてしまう程でしたが、体力を付けようと子犬と一緒に散歩にも出掛ける様になりました。
そうして季節が一巡りする頃には、少女は犬と一緒に走れるまでになっていました。そしてまた両親も、ようやく少女を応援してくれるようになりました。ずっと心配し続けて、いつか辞めさせようとしていたのです。
走りながらも少女の目は時折空を探します。
少女はあれかも、何度も何度も手紙を書きました。
竜に贈る手紙です。虹を見せてくれたお礼の手紙です。まだ宛先は不明のままです。何十冊の本を読んでも竜に手紙を届ける方法は分かりません。
――サンタクロースには簡単に届くのに、竜は随分と恥ずかしがり屋ね
少女は思います。
それでもまた、空を見上げ、本を読み、子犬と共に走り、歌を歌いながら、毎日のように手紙を書きました。
いつしかその手紙には、虹のお礼だけではなく様々な出来事も書くようになりました。
覚えた花の名前、面白かった本、素敵な歌、好きな言葉。
それらを少女は、いつか竜に贈る時のために大切に大切に畳んで、箱の中にしまいました。
季節がさらに巡ります。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
病弱だったはずの少女はいつの間にか普通に学校に通えるようになりました。
そして、とてもとても素敵なことが起きました。少女は空を見上げ、また手紙を書きました。「友だちができました」、と。
――たくさんの友だちと一緒に歌った方が、空からは聞きやすいに違いないわ!
少女は空を見上げて気付きました。
そしてすぐに、友だちを誘って合唱部を作ります。
歌をずっと習い続けてきた少女が教える役になって、皆で歌いはじめました。
厳しい厳しい歌の先生からも褒められるくらい、少女の歌は素敵なものになっていたのです。
少女たちの合唱部は少しずつ少しずつ上手くなっていきます。大きく育った犬と一緒に走って、皆で体力づくりも欠かしません。
校舎には空き教室が無く、発声練習も歌の練習も青空の下でした。
少女はいつでも空を見上げていました。
――もしかしたら、竜がこっそりと歌を聴きに来るかも。
少女は秘かに期待したのです。