いまどき(現時)物語
それから二人は三室戸寺を後にし、吹き来る初夏の風に乗せられるかのように、宇治橋の方へとフーラフラと歩いて行く。
そんな風流で優雅な散策の後に、橋の袂へと辿り着き、浮舟が静かに語って来る。
「平安時代も愛と憎悪の日々だったわ、そして、高見沢さんが一千年の時を越えて、この現代社会に連れて来てくれた、
だけど、同じ男と女の色模様、いつの世も愛と憎悪で複雑ね、けど私、もう大丈夫です」
「浮舟よ、たくましくなったねえ」
そして、その橋の手前に碑がある。
浮舟はそれを見て目を丸くしている。
「これ、一千年前の私の歌だわ」
「そうだよ浮舟、御主人様のこの俺に、感情込めて、一つ詠んでくれないか」
浮舟は少し恥ずかしいのか顔を赤らめている。
しかし、「わかりました」とはっきりと言い、朗々と詠い上げるのだ。
『橘(たちばな)の 小島の色は変わらじを この浮舟ぞ 行方知られぬ』
高見沢の心の奥底に、浮舟の生きて来た証の響きが音色となり染み渡って行く。
「浮舟、ありがとう、この世で、もうこれからは、行方知られぬという事にならないようにな」
「はい、私は今ここにいます、
自由な世界で生きたい、女の一念岩をも通す、その一念で夢浮橋を渡って来たわ、
これからもっと元気を出して、この現代社会を生き抜いて行くわ」
浮舟の強い決意のようだ。
そして、緑の瞳をキラキラと輝かせている。
高見沢はその煌めきに鼓舞されたのか、「じゃあ、歌のお返しに、いまどきサラリーマンの雄叫びを一発噛ましてみるか」と浮舟に話し掛けた。
「高見沢さん、一つお噛まし遊ばせ、嬉しいわ」
浮舟がヤケに面白がっている。
「いいか浮舟、宇治十帖物語は、男のイッチョ元気と女の一念岩をも通すで、ここに目出度く完結したんだぞ、
さあ、これからもっと活き活きと、
いや、ハラハラと生きて行くために、
姫の脳に、この力言葉(ちからことば)を、ようく刻み込んでおくんだぞ」
そして高見沢は、愛しい浮舟にエールを送るように、大声で怒鳴り放つのだった。
「明日からまた … 元気、イッチョ出すか!」
おわり
作品名:いまどき(現時)物語 作家名:鮎風 遊