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てっしゅう
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「愛されたい」 第三章 家出と再会

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「そのほうがいいわよ。子供が家に居るって癒されるでしょうからね。それに孫が出来たら毎日がきっと幸せに感じられるわよ。可愛いから。仕事見つかったの?」
「はい、そうですね。孫か・・・実感ないけど、有里は今年二十歳だから、早ければ五六年先ね。おばあちゃんって言われるのは辞めて欲しいわ、ハハハ・・・仕事はこれから探そうかと思っています」
「ねえ、うちの会社に来ない?課長に頼んで採用してもらえるようにするから」
「そんな事頼めるんですか?」
「私が頼めば何とかなるわよ。一人ぐらい。今仕事忙しいし多分人手欲しいはずだから」
「是非お願いします。文子さんと同じ職場なら、気持ちが楽に働けそうですし」
「じゃあ、明日話すから返事待っててね」

文子が働いている名古屋フーズは智子の家からバスで乗り換えなしに行けるところにあったから、通勤も便利でいいと思った。

文子は昼休みの休憩時間で事務所を訪ねて上司の横井課長に話した。

「課長、お話があるんですけど」
「水野さん、なんでしょう?」
「私の知り合いが仕事探しているのですが、こちらで採用して頂けないでしょうか?」
「女性ですか?お幾つぐらいの方?」
「多分ご存知の方だと思います。去年の研修旅行のときに下呂で会った人ですから」

横井は少し考えた。

「ああ、あのときの方ですか。覚えてますよ。解りました、水野さんの頼みとあっては断れませんね。近いうちに面接に来て頂けるようにお話して下さい」
「ありがとうございます。助かりました。課長はやはり頼りになる方ですね」
「なにをいまさら・・・当たり前ですよ、ハハハ・・・冗談ですが、あなたに褒められると照れますね」
「じゃあ、これで失礼します」
「そうだ、今年の研修旅行の幹事を水野さんに頼めませんか?」
「またですか?」
「そう言わずにお願いしますよ。春の桜の季節にしようと考えていますから、直ぐにでも始めて下さい」
「はい、解りました。では」

仕事を終えて文子は智子に電話をした。
「もしもし、OKだったわよ。履歴書書いて面接にいらして。場所わかるよね?」
「ありがとうございました。では早速明日にでも伺わせて頂きます。場所はわかります。」
「ええ、早いほうが印象いいからそうなさって。正面の入口から入って右側の受付で第一営業課の横井課長を訪ねて下さい。あなたもご存知よね?下呂で会ったから」
「お名刺頂いた方ですね。覚えています。なんだかちょっと安心しました」

智子はそうだろうなあと考えてはいたが、あの時の優しそうな男性が自分のこれから働く上司になるのかと思うと、ちょっと嬉しく思った。始めて履歴書を書いたので何度も書き損じて、やっと清書できた。ハンドバッグに仕舞って明日着てゆく洋服を考えながら眠りに就いた。

智子は悩んだ末、パンツとカーディガンの組み合わせで派手にならないように着合わせて面接に出かけた。朝食を終えて、有里と高志には今日のことを伝えておいた。しばらくは母と三人での生活が続くと有里は家のことを手伝う覚悟をしていた。

「お母さん、面接頑張ってね」
「ありがとう。採用されるといいけど」
「大丈夫よ。知り合いなんでしょ?」
「うん、そう言えばそうなるかしらね。昼までには帰ってくるから、戸締りして出かけてね」

有里にそう言い残してバス停まで歩いていった。肌寒く感じる風が吹いていた。しかし気持ちは緊張と期待で神経が高ぶっていたから、バスを待つ時間も長くは感じなかった。20分ぐらい乗って、バスを降りた。そこから歩いて5分ぐらいのところに名古屋フーズの本社ビルと作業所があった。

「楠本智子と言います。面接に伺いました。第一営業課の横井課長さまおられますでしょうか?」受付に訪ねた。
「はい、楠本様ですね。横井から聞いております。中にお入りください。只今呼んで参りますので」
しばらくして受付の女性と一緒に横井がやってきた。

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」応接室に智子を案内した。
「初めまして。楠本智子です。この度はよろしくお願いします」
「お掛けください。第一営業課課長の横井です。初めてではないですよね、覚えてらっしゃいますか?」
「はい、存じ上げております」
「ご丁寧ですね。気さくに話してくださって構いませんよ。ここは女性ばかりの職場ですから。では、履歴書お願いします」
「はい、こちらです」

中を見て横井は目の前にいる智子がお嬢さん育ちであることを感じた。学歴がそうであるように、またずっと専業主婦をしていたことでもそのことを感じられたのだ。

「私どもは食品を扱う仕事をしております。従業員の皆様には徹底して衛生管理を実行して頂いておりますので、その旨ご承知おきください」
「はい、たとえばどのようなことに気を遣えば宜しいのでしょうか?」

横井はパンフレットを見せて、心構えを話し始めた。

智子の採用が決まって、仕事のシフトを決める話になった。現場の責任者を呼んで打ち合わせをした。作業場は大きく分けてコンビニやスーパーなどに納品する弁当と惣菜類、それにパック詰めされて販売される惣菜とレトルト食品の二箇所になっていた。

外の気温とは別世界に思えるほど暖かくちょっと意外に感じた。現場担当者は、休憩時間を待って新規採用の智子を紹介した。よろしくお願いします、と一礼をした。マスクと帽子をしていて顔は良く見えなかったが、手を振った文子の姿を見つけることが出来た。

現場の案内が終わって事務所に戻ってきた智子に横井は制服とマスクなどの衛生用品を手渡した。
「始業時間の5分前には着替えを済ませて下さい。毎週月曜日の開始時間には朝礼を行います。それから、作業場と事務所のすべてが禁煙になっています。おタバコは吸われますか?」
「いえ、吸いません」
「なら結構です。喫煙場所はお知らせする必要がありませんね。明日からよろしくお願いします。ご一緒にお仕事が出来て嬉しいです」

意味ありげな最後の言葉に智子は自分もそうなの、と答えたかった。緊張が解けてじっと見た横井は背も高く、がっちりとした体型で若々しく見えた。こんな人が独身でいるだなんて・・・何か訳があるのかしら、そんな邪推をする自分に怖さすら覚えた。

「では、失礼します。明日から頑張りますのでよろしくお願いします」そう言って、事務所を出た。見送ってくれた横井は満面の笑みを智子に注いでいた。

「課長、なんかニヤニヤしていますね。ダメですよ、新しい方に変な気を起こされては」先ほどの受付の女性がそう言った。彼女もまた横井の悪い癖を知っていたからだ。
「おいおい変な事言うなよ。仕事に期待しているんだから」
「今度の方お若いし綺麗だから、心配だわ」
「水野さんにも同じこと言われたよ。信用されてないなあ、おれは」
「自分の胸にお聞きになられたら?ハハハ・・・」

女子社員のイヤミに照れながらも、密かに智子のことを「いい女」だと感じ始めていた。