「愛されたい」 第三章 家出と再会
「智子さん、気をつけなさいね。こういう人が言葉巧みに誘ってくるんだから、ねえ高山さん?」
「酷いなあ、文子さんは言う事が。ボクは55歳ですよ。誘ったって無理に決まっているじゃないですか」
「どう?智子さん的には・・・無理?」
「答えられませんよ、失礼になりますから」
「それって、ノーって言う返事と同じじゃない?」
「そう聞こえますか?すみません」
「高山さん!振られてしまいましたよ、ハハハ・・・」
「初めからお誘いしていませんから、振られてなんかいませんよ。相変わらずだなあ、この人は」
智子は悪い気がしなかった。しかし、高山はちょっと無理って言う感じがした。軽く会釈をして別れて、智子は文子と二人で駐車場に歩いていった。
「先生と一緒に食事する約束になっているの。気の合う女性5人ほどだけだから一緒に来て。楽しい方たちばかりだから」
「打ち上げなんですか?わたし帰りますから皆さんだけで楽しんで下さい」
「いいのよ、気にしなくて。それに先生は気さくで面白い方だから、いろんな話が聞けるよ」
「文子さんがそう言って下さるのなら、着いて行きます」
「もう直ぐ着くわよ。この先のレストラン予約してあるから」
文子は先生とそこにいたメンバーに智子を紹介した。皆優しそうな目をした女性ばかりで、快く迎えてくれた。
「智子さんはどうして文子さんとお知り合いになられたの?」
先生はそう尋ねてきた。
「はい、偶然なんですが宿泊先のホテルの温泉でご一緒になって、声掛けて頂き仲良くさせて頂いておりますの」
「そうだったの・・・ご主人は居られるのよね?」
「はい、居ります。子供は長女と長男の二人です。」
「仲良くされているの、ご主人さまとは?」
「あっ・・・はい。そうですね、普通です」
「普通ですか?それはいけませんね。特別でないと、男と女はやってゆけませんからね」
こういう芸能関係の女性に相応しいような喋り方と意見に智子は頷いていた。
「先生はご主人おいでなんですか?」
「ええ、居りますよ。特別ですから、今日もいますよ。話が終わる頃に迎えに来ると思います。私と今の夫は再婚同士なのよ。歌が縁で知りあったの。いろいろとあったけど、お互いに好きという気持ちが強かったからここまで来れたわ。今は大切なパートナーで私を支えていてくれる人なの」
「羨ましいですわ・・・そんな関係ってあるんですね。知りませんでした」
「智子さんは、どうしてご主人と仲良く出来ないのかしら?」
「それは・・・夫が恋愛とか私に関心がないからだと思います」
「そうかしらね・・・関心がないんじゃなく、必要がないんだと思いますよ。智子さんに任せて安心だからです」
初めてそんなことを言われた。本当にそうなのか・・・まだ解らなかった。
夕飯の支度は娘に頼んできたから慌てて帰らなくても良かったが、文子が何人か自分が送ってゆくから、智子の家を最後にしたいと頼んできた。「いいですよ」と返事をして、夕方7時ごろに店を出た。車の中でいろんな話が出た。若い頃の事、それぞれの夫のこと、孫の事、そして恋愛の事。
文子が恋愛をしている事は仲間内に知られていた。その話になって、智子は聞いた。
「今日は文子さんの親しくされている方お見えにならなかったのですか?」
仲間内の一人が文子が答えるより先に切り出した。
「智子さん、文子さんねもう逢わないって決められたのよ。だから今日は来なかったの。グループにも多分もう来られなくなると思うわ。そうでしょ?」
「私が話すことなのに、もう先に言っちゃって、困った人ね。皆に知られているから仕方ないけど、そうなのよ智子さん」
「どうしてなんですか?仲良くしてらっしゃるってお聞きしていたのに」
「難しいことなのよ。彼はね、奥さんの事愛しているの。それが逢うたびに解ってくるの。辛かった・・・初めからそうなりそうな予感がしていたのに深い付き合いになってしまって。後悔してる。もう逢っちゃいけないんだって、決めたの」
「お友達で続けるって言う訳には行かないのですか?」
「何故?そう思うの、智子さんは」
「好きな人だから、離れたくないって思って・・・未練じゃなく、いい関係で続けて行けたら嬉しいなあって思ったものですから」
「あなたはそれが出来るって考えているのね。そう、それが出来たら理想なのかも知れないけど、女性だったら無理だと思うけどなあ。どうみんな?」
智子以外は全員、「出来ない」と言う答えだった。男と女は気の許せる友達付き合いが出来ないと言うことなのか。智子は夫が友達だったらいい関係になれるとちょっと思った。言いたいこと話して、会いたい時に会って、辛かったり悲しかったりしたときは慰めてもらえて、そうあればきっと今のような感情を夫に抱くこともなかったと感じるのだ。
文子は智子の家までやっと送って来れた。
「ありがとう、文子さん。お疲れ様でした。気をつけてお帰り下さいね」そうドアー越しに声を掛けて見送った。
「遅くなりました。只今帰りました」そう声を掛けて家に入った。夫が居間からこっちへ来て立ちながら話しかけてきた。
「何していたんだ!そんな格好して」
「どういうことですの?」
「お前主婦だろう!歳も考えろ!短いスカートの服着て恥ずかしくないのか!キャバクラ嬢に見えるぞ」
「何をして来ようが気にならないんじゃないんですか?」
「世間体って言うものがあるだろう。お前がそんな格好でうろちょろするとおれが恥ずかしいんだよ。もう止めろ、解ったな?」
「何を止めろって言うんですか?格好?外に出て行くこと?」
「どっちもだよ。娘にご飯作らせて外で遊んで遅くに帰ってくるような奴は許せないから、もう二度とするなよ!」
「したらどうするの?」
「口答えするのか!」夫の伸一は智子の頬を叩いた。「パチン!」と音が聞こえて奥から有里が走り出してきた。
「お父さん!何するの。暴力は最低の人間がすることよ!お母さんに謝りなさい!」
「うるさい!どいつもこいつもおれに逆らいやがって。誰がここまで面倒見てきたと思っているんだ。出て行け!」
初めて夫に叩かれたショックで、智子はその場に座り込んでしまった。恐怖心と情けない心境で涙も出なかった。傍に有里が付き添ってくれていたから、何とか意識が保てた。身体が震える。有里の手がしっかりと肩と背中を支えていた。
「有里、ありがとう。お母さん出て行くから・・・部屋に行ってとりあえずの荷物持って実家に帰る。ごめんね、もう無理・・・お母さんを許して」そう言ってから始めて涙が出てきた。
「お母さん・・・今日は仕方なかったと思うけど、早く帰ってきてね。高志もいるし、お父さんもきっと反省すると思うから」
何も返事が出来ずにゆっくりと自分の部屋へと歩き始めた。
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章タイトル: 第四章 再会
作品名:「愛されたい」 第三章 家出と再会 作家名:てっしゅう