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クレイジィ ライフ

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episode2 おやすみ 悪い子



花のような香りがした。水に濡れた、いや、雨に濡れた花の控えめな芳香。嗅ぎ慣れない甘い香りで、カイナは目を覚ました。
色褪せて黄ばんだ天井の張り紙。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、流れてきた紫煙を目で追うと黒髪の青年が座っていた。身体全体に疼痛が走り、驚くとことさえ億劫だった。
「なんでおまえがいるんだ」
透の眉間に三つほど山脈ができた。素早く辺りを見渡したカイナは潰されたカエルのような悲鳴を上げた。
「なんでオレ服きてないんだよ!」
一糸まとわぬ己の様子に気が付いたカイナは悲鳴をあげて、掛け布団をたぐりよせた。ふぅーと深く、深く煙を吐き出した透はこめかみを揉みながら訥々と応える。
「外、雨降っていただろう。さすがに濡れたままベッドにあげたくない」
「もしかしてここおまえの部屋なのか! なに考えてんだよ、さっきまでバトルしただろうが!」
パニック状態に陥ったカイナの脳裏にいろんな場合を想定したシチュエーションがよぎるがどれもこれも形にならずに霧散する。相手を落ち着かせるように、透は緩慢にゆっくりと頷いて見せた。
「うん、おまえの言い分はわかる。わかるけどまあきけ」
何故か歯切れが悪そうにいいながら透は首を掻く。透自身も随分と困惑した様子があり、カイナは怪訝とする。透は声を落としてカイナに問いかける。
「おまえ、なんかすごく強い酒飲んでないか?」
言われた意味がすぐに理解できなかったカイナは、ようやく頭の思考が回ったところで自分の息を嗅いでみた。
「うん、とんでもなく酒の匂いがするな。そういえば酒飲んだ。すっごく強い度数のやつ」
「なんて名前?」
世界最高峰のウォッカの名前を告げると透が氷のような視線で刺してきた。
「まさかそのまま飲んだんじゃないだろうな」
「あーうん」
しどろもどろにいうと相手は鋭いため息をついて立ち上がった。向かいにある台所からミネラルウォーターのペットボトルを持ってきて、蓋を開けてからカイナの胸元におしつける。
「飲め」
底冷えした声がいう。やや声に押されながらもカイナは抵抗する。
「オレにはおまえに看病される理由も、干渉される謂れもない」
「人のベッドを吐瀉物と血で染めておいてまだ叩ける口があるなら言ってみろ」
圧迫さえ感じそうな絶対零度の声に命じられたカイナはしぶしぶと渡されたボトルに口をつけた。水をできる限り飲んで横になると、隣から確かな安堵のため息が漏れた。目を開けるのも億劫で、糸のように開いた横目でみると透は新しい煙草に火をつけていた。
「それ俺の煙草」
「俺は普段吸わないから持っていないのは当たり前だ」
しれっていって喫煙を続ける。それ以上絡む気力が残っていなかったカイナは目を閉じた。
この相手は、初めて殺そうとした時も今日競り合った時でさえ、嫌悪や敵意をこちらに向けることはなかった。初めて向けられた苛立ちは、水を飲まないことに対してだった。ゆっくりと息をはいた透は遠い目をして天井を見上げた。

「ダチをひとり、急性アルコールで失くしてな。いつもの変わらない普通の夜に、またなって言って別れたんだ。奴は歩いて帰ってパジャマに着替えて眠った。次の日、もう二度と目を覚まさなかった。立派な葬式だったよ」
「オレが死のうと死ぬまいと、おまえなんかに関係ない」
痛む頭を無視してカイナは隣にいる透を睨みつけた。
「オレはおまえを殺そうとしたんだ。そんな相手に生死の心配されるなんざ、お笑い種でしかない。屈辱もいいところだ」
挑発するつもりで発破をかけるも相手の涼しげな表情は揺るがない。
「だっておまえ臭いんだよ。こんなに酒臭い奴、俺生まれて初めて出会った」
「へぇー、まじか」
もう敵意を向けるのも面倒臭くなってカイナは視線をずらした。カイナから横にずらした視線の先、ぐしゃぐしゃになったシーツがある。橙色に変色した部分、多分吐瀉物だと思われる汚れとは別に、ところどころに血が鮮やかに散っていた。
血についてカイナは考えた。殴り合いでカイナの方は出血してない筈だと結論づけたあと、目の前が暗くなった。
透を見るとこちらを見ずにやや視線を外している。ああ、出血場所を知っている様子だ。
「生理かなって思って」
冗談かごまかしのつもりなのかはわからないが、気分を奈落の底に落とすには十分に馬鹿なフォローだった。
「パンツ脱がせたら同じのついてただろう。あーもう出てけ。後生だからでてってくれよ」
「ここは俺の部屋だ」
「んなもん、知ってるよ。なーおまえ、実はおれに内々に恨みでもあるんじゃねえの?」
「おまえはどう知らないが、今日会うまで俺はおまえのことなんて忘れていた」
「つめてえな。こっちは夢にまで見てバラバラ死体にしてやっていたのに」
カイナは腕で顔を覆い、視界から世界を遮断した。しかし漂う花の香り、煙草の匂いなどがどうしても鼻につき、うまくいかない。やけくそ気味に息を吐く。
「そりゃ言葉も失うわな。ケツから出血している奴なんて見たら」
今日の情事で傷つけられた場所は尋常ではなく、惨めな痛みをじくじくと沸き続けていた。
「あーもー、いっそしにたい」
「おれの目の届かない場所にいってからにしてくれ」
「そりゃそうだわな」
改めて天井を見ていたカイナは静かに自分の身体を動かして様子を感じた。全身に広がる倦怠感。僅かに乱れている呼吸、汗ばむ体温。これは風邪もひいているなと冷静に判断しながら、カイナは立ち上がった。
「なあ、適当な服頂戴。このままここにいる必要なんてねえし」
今更気にすることもなかったので全裸で立ち上がったが、自分の身体のあまりの汚さにカイナは心が折れそうになった。切り傷、打撲、内股のまだらな手型。確かにこれはすぐに追い出せず、同情を誘うには十分な身体だろう。待っていても相手は動く様子がないので、適当な箪笥をひらいて服を探すことにする。自分の服が見当たらないので仕方ないのだ。気に入らなければ殴ればいいと、カイナは思った。
「動けるのか」
硬い声が問いかけた。つくづく得体の知れない男だとカイナは唾でも吐きたい気分になった。
「二度と会わないから安心しろ」
むしろ会いたくもなかった。コロシテ終わりにするにしてもあまりに己が情けなすぎる。見つかったワイシャツに腕を通すと、袖を引かれた。
「寝ていけ」
「なあ離してよ」
正直動ける力も、払う力もなかった。ここから出ても道も分からないし、どこへ行けばいいのかも分からなかった。しかしカイナにとってそんなことはどうでもよかった。静かな鳶色の瞳でこちらを見つめる男の視界から己を消すことができるなら、もうそれだけでよかったのだ。己の服は見つからなかったが、サイドテーブルに見慣れたナイフは置いてあった。手負いとは思えぬ素早さでそれを掴み、むき出しの刃で威嚇する。
「離せ。離さないと殺す」
苛立たしい程に凪いだ表情でこちらを見返す透に、カイナは言い知れぬ憎悪を感じた。ナイフを振り上げる前に透の腕が伸びて、カイナの首筋を撫でた。ぞわりと粟立つみたいに肌が反応した。自分の身体の変化について、カイナは今更なので驚かない。しかし相手の行動が謎だ。
「なにをする」
少し考えるように透の目線が遠くなる。
「いいきかせ、かな」
作品名:クレイジィ ライフ 作家名:ヨル