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てっしゅう
てっしゅう
novelistID. 29231
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「愛されたい」 第二章 秘密

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「深谷さん、夫が帰ってきたらご挨拶してね。少し気難しい人だから何も言わないかも知れないけど、気にしなくていいからお願いね」
「はい」
またそれだけの返事だった。

恥ずかしがりなのか、無口な方なのか解らなかったけど、智子には誠実な男性に見えた。夫に少し似ている・・・そんな感じもした。娘にとって夫は最初に感じる男性だから、近い相手を選んでしまうのだろうか、ちょっと可笑しくもあり、寂しくも感じた。二人は飲み物を持って有里の部屋に上がっていった。

いつもの時間に伸一は帰ってきた。玄関に車が停まっている事に気付き、入ってくるなり「誰か来ているのか?」と聞いてきた。
「はい、有里のお友達が来ているんです」
男物の靴を見て、夫は
「男が来ているのか!」ちょっと強い口調で言った。
「彼ですよ。ご挨拶してあげて下さいね」
「ふ~ん」そう言って、自分の部屋に入ってしまった。
智子は寝室を自分の部屋と兼用で使っている。娘と息子それに夫には自分の部屋があった。

夕食の準備が整い、有里は初めて父に彼を紹介した。潤一にとって緊張する瞬間が近づいてきた。

智子は有里を部屋に呼びに行った。
「支度できたわよ。降りてらっしゃい」
「はい、直ぐ行く」

部活から帰ってきていた長男の高志の隣に伸一が座り、向かい側に有里と潤一が座った。
「お父さん、友達の深谷潤一さんです。サークルの先輩なの」
「そうか・・・」
「初めまして、深谷です。よろしくお願いします」頭を下げた。
「お姉ちゃん!彼氏なの?」屈託のない表情で高志は有里に向かってそう言った。
「高志!初対面なのに失礼でしょ。潤一さんゴメンなさいね、弟が変な事言って」
「変な事言ってないよ!そうなんでしょ?父さんや母さんに紹介しているって言う事はそういうことなんじゃん」
智子が助け舟を出した。

「高志、初めはお友達なのよ。仲良くなったらそう呼ばれても恥ずかしくないけど、今はまだ早いのよ」
「ふ~ん、まだ仲良くないんだ・・・それより腹減った!」
「まあ、この子ったら」高志のその一言で少し和やかなムードに席は変わった。

「潤一さんは、どちらにお住まいなの?」智子は気になることを少し聞きたかった。
「はい、北区です。楠(くすのき)町って解りますか?」
「川向こうよね?」
「そうです」
「ご家族は?」
「はい、父と母、妹の4人暮らしです。妹は高志くんと同じ年です」
「じゃあ私たちと同じような歳のご両親ね」
「母の方が三つ父より年上なんです。今年確か・・・50になると思いました」
「そうなの!」

伸一はずっと黙って聞くだけであった。時折高志と何か喋ってビールを注いでもらいながら箸を運んでいた。智子は、父親として淋しく感じたのだろうと夫の心境を察した。食事が終わって有里は潤一を見送りに外に出た。後片付けは有里がしてくれたので、先に入浴を済ませて寝室にいると夫が入ってきた。

「どうしたの、あなた?」
「別に、来ちゃいけないのか?」
珍しい返事をされた。

「お前は有里に彼がいる事を知っていたのか?」
「はい、少し前に聞かされましたから」
「なんとも思わなかったのか?」
「どういうことですか?」
「学生だぞ・・・勉強をしに学校に行っているんだろう。違うのか?」
「そんな事当たり前じゃないですか?それがどうかなさったの?」
「違う!男を作りに行ってるんじゃないだろうって言いたいんだよ。卒業して社会人になって責任取れる立場で付き合いしろって言う事だよ」
「それは無理よ。有里だって19歳よ。恋もしたい年頃なんですから」
「おまえもそうだったのか?」
「何ですって?」
「母親に似るって言うからな、娘は」
「あなたは有里が恋愛をすることに反対なんですか?」
「反対じゃないよ。まだ早いって言ってるだけだ。学生はまず勉強すべきだって言ってるんだよ」
「そんな古い考えではかわいそうですよ、有里が」
「古くなんかないぞ。父親って言うものはみんなそうなんだ。お前が若い頃にそんなことしていたから許せるだけだ」
「私が叱られる事なんですか!あなたに全部を言わなかったから怒っているの?」
「全部って何を言ってなかったんだ?おれ以外の男と関係があったって言う事なのか!」
「・・・言いたくありません。そんな昔の事。関係ないじゃないですか」
「そうだったのか・・・純情にしていたお前に騙されたな」
「変な事言わないで!あなたを好きになったから結婚したのよ。ずっとあなたのことしか考えてこなかったのに・・・」
「おれは忘れないぞ、お前がそんな女だったって言うことを。有里は絶対に交際させないから、そう言っておけ。変な関係になったら勘当するぞ!脅しじゃないからな」

そう言い放って部屋から伸一は出て行った。
今時なんてバカなことを言う人なんだろう、とあきれてしまった。涙が次から次へと出てくる。もうこの人と終わりにしたい・・・そう思ってはいけないのだろうか。

夫は私に男性経験のあったことを「騙された」と言った。智子にはその言葉が痛烈に残っていた。

確かに何も知らないような素振りをしていたのかも知れない。でもそれは女の自然なしぐさなんだと深く考えもせずに交際していた。自分から誰々さんと関係しました、という女性はいない。男性なら自慢げに何人とした、とか話すことはあるのかもしれないが、智子は言う必要が無いと考えて結婚した。伸一にもその事は聞かれなかったし、今までにその話題を出したことも無かった。

娘の彼を見て逆上したのか、嫉妬したのか解らないが、智子にとって非常に傷付いた夫の言葉であった。ここ数年間は指一本触れることも無く夜を過ごしてきたのに、「自分以外の男性と関係があったのか」などと嫉妬がましいことを聞くな・・・智子は声を大にしてそう言い返したかった。口惜しくて眠れない夜を過ごした。そして結婚して初めて夫の見送りをしなかった朝を迎えた。

娘の有里が自分より遅くに起きてきた智子に驚いて、「お母さん、どうしたの。具合でも悪いの?」と尋ねた。
「ゴメンね、寝坊しちゃった・・・夕べ眠れなかったのよ」
「どうしたの?お父さんと何かあったの?」
「そう・・・あなたのことでいろいろとね」
「話して!どういう事言われたの?」
「彼と付き合うことを止めさせなさい、ってお父さんは言ったのよ。酷いでしょ。あなたのことがかわいそう、って答えたんだけど、私のことまでいろいろと言われて、最後は・・・」

そこまで話して智子は両手で顔を押さえた。
「お母さん!大丈夫?私のことで苦しむのは止めて。彼とは会わないから、ね?それでいいんでしょ?」
「あなたは悪くなんか無いのよ。彼のことが好きなんだったら、そんなことしちゃダメ!お母さんはいいのよ、有里が悲しむ姿は見たくないから」
「有里はお母さんが辛い思いをしているのに、自分だけがうきうきなんかしていられないの。ねえ、全部話して・・・一緒に考えたいの」

娘と同じ年に智子は恋愛をして、大好きだった彼と初めて一つになったことを思い出していた。誰にも話したことが無かったが、娘に聞かれて一つ一つを思い起こしながら話し始めた。