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エフェドラの朝

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権藤四十八・・福岡県久留米市出身・父親が48才の時の子供だったので・
「よそはち」安直な命名に感動!
性格・至って単純明快 無法松の一生の主人公さながらの情に厚い昭和の無頼漢!
おん齢60才、焼酎大好き、女大好き男
「よ~来た。呑め。呑め。」
コップに 焼酎25度 ゴボゴボと氷なしで注ぐ。
「鯖ちゃん。あんた物知りやからこいつらに説明して貰いたい。ん。」

彼の話を要約すると、ヘビは卵で生むが、マムシだけは口から子供を生むという事実!
だからマムシは哺乳類だという仮説、それをわたしに証明して貰いたいらしい。
真顔で懇願してくる。断れん「イルカや鯨にも形、似てるからそうかもな・・。
生物の生態は謎が多いしな。」苦しい返答!!
「ほ~れみてみい、ゆ~たとおりやろっ」わたしの答えにご満悦。
みんなは呆れ顔。ゴリ押しの「権ちゃんの勝ち~!」
気分いいな~「鯖ちゃん さ~呑め 呑め~」

現場の作業員と共に酒を呑み、笑う・・。
原点回帰・・それもお似合いの人生さ・・

人生愉快に・・笑え・・笑い飛ばせ・・。


その日も老眼鏡越しに部下の作った計画書を精査する。

予算決定は如何に精度の高い実施工程を把握出来るかが決め手となる。
一日当たりの仕事量を把握し、それに関わる機械費、労務費、燃料費が一位代価の基準となり、それに稼動日を掛けて工事費を決定する。

「お前・・人間一人が休憩もなしにどの位、穴掘りできるか分かるか?」
穏やかに聞いてみる。
「いや・・それは・・過去の積算資料から拾った歩係りです・・つまりデータからですが・・・。」自信なさげに答えた。

わたしは知っている。現場は繊細な意思を持った生命体である。
個々の能力と精神状態で作業効率は大きく左右される。

如何に個人という組織細胞の能力を高め、それを現場組織という生命体の一部とするかである。ひとりの活力が周囲を巻き込み、その小さな渦は大きな渦となる。
そして現場は活気に溢れ、作業効率は更に飛躍的な向上をみせる。

あの必死で掘りあげた穴で噴水する水と火花・・・そして灼熱地獄・・・分かっちゃいない・・・・・人間の肉体の限界点を超えた駆け引きを分かっちゃいない。机というぬるま湯に首まで浸かった奴らには想像のつかない地獄を分かっちゃいない・・・。

「ヘルメットを被って現場から出直して来い・・・・。」
感情を抑え言い正した・・・。

「まったく・・作業員あがりはこれだから・・困る・・。」
振り向きざまに部下の呟きが聴こえた・・・。

「おい・・ガキ・・お前・・・何が分かって能書きたれてる・・歩係りの理屈も分からない、人の肉体の限界も知らない奴が、偉そうに机なんかに座ってるんじゃね~ぞ・・・この野郎。」

若手は・・おろおろ・・とうろたえ涙を浮かべた。



わたしには、現場が完成した映像が見える。

それが出来ない奴は技術屋として敗北だ・・・目を閉じると、バックホーが唸りをあげ土を掘りダンプに積み込む、型枠が建て込まれ、コンクリートが流れる・・・。

脳内で現場が動き出す・・作業員の汗が見える・・論争と溜息が聴こえる。スコップを持つ腕の筋肉の躍動と汗、掘削機械の油の匂い・・爪の硬さ、黒い悪魔の嘲笑、重く柔らかくそして堅過ぎる変化(へんげ)のコンクリート。

あの頃を思った。
闇の中で猛獣達の眼に怯える子羊のように、何かにもがき苦しみ餓えた千秋を思った。
ここに作業着を脱ぎ背広で武装した千秋がいる、あの頃と何も変わらない千秋がいる。
わたしは今もあの時代を生きる・・・

現場という世界を体感・触感し、臭気までも染み付いた千秋を誇りに思う。


その日、わたしと事業部長の佐藤の二人は赤提灯の揺れる古い焼き鳥屋の暖簾をくぐった。壁は時を経て黒く燻され、重厚とした質感がある。
老練とした風格さえある。

カウンター席に座り、作務衣姿の親方に串焼きの塩を注文する。

白い焼煙に目を細め、ジョッキに結露の張り付いた生ビールを2杯づつ空けた。
「やはり仕事の後の一杯はたまりませんね・・」と言いと焼酎に触手を伸ばす。

佐藤は某有名大学を卒業した後、会社に入社したプロパーの社員である。肥大した身体を包むワイシャツの窮屈なネクタイを緩め「もう・・学歴社会は終わったと思いますよ・・・。」遠方を眺めぽつりと呟く。

企業は大学ブランドだけでの社員採用は控える傾向にあるし、ヤル気の無い社員が生き残っていけるだけ企業は耐力を持ち合わせていない。むしろ外部からの実践力のある優秀な派遣社員を正社員に登用し、使えない高学歴社員の解雇まで視野に入れた経営方針へ方向転換しているのかもしれない。

「恥ずかしながら・・僕はあなたが思っている程、博識ではないし大学でも優秀な学生ではなかったんですよ・・。」人の良さそうな笑顔で笑う。彼は社内でも人徳がありリーダーシップを発揮している逸材である。一流大学を出て知識は豊富、でも出しゃばらず、人の話の聞き役にまわり、人当たりが良く仕事は目立たないが実力はありそうに見える・・是といった業績も残さずとも、仲間にも妬まれずに穏やかに笑っていられる・・・この鷹揚な姿勢、どうやらそれが現代の学歴という怪物の正体のようである。


焼酎の梅を潰し掻き混ぜると、梅肉の欠片がグラスの中で廻りながら漂い緩やかに沈殿する。

穏やかな酔いの中わたしは思った。
「学歴」とは人生という静かな戦場を生き抜くため、社会という敵を威圧するための壊れた武器なのかも知れない。
ただ今や幻のものとなりつつある「学歴社会」の中で自分が有利に生きるための武器として使おうと思ってはいけない。日本社会における知のデフレ現象を逆転させ、学問に対する真の尊敬を復活させるためには、私たちは一度裸になって自分を曝け出す必要があるのではないだろうか。

文系や理系などといった枠に拘らず、世界について学びはじめたあの時代の新鮮な興奮の場に自分の魂を引き寄せる必要があるのではないか。
これからの国際社会における激烈な競争の中で、見た目ばかりに心を惹かれ、本質を見ようとしない現代の日本の考え方では社会が崩壊する事は火を見るより明らかである。
「学歴社会」から「学習社会」へ・・わたしは本物の知の卓越が持つ輝きを各々が大切にする流れが起こればと願わずにいられない。

おぼろに酔い漂うわたしの前に真摯な表情で焼き鳥を焼く親方がいる。

もうもうとした焼煙の向こうで白髪の親方が精緻な指先で「砂づり」を転がすと、垂れた脂が・じゅっ・と焼煙を生んだ。

親方の肩越しに茶色く燻された色紙が見える、墨書で「鶏口牛後」と読める。
「ケ~コ~ギュ~ゴですか。鶏口となるも、牛後となるなかれ・・」
まっ・小さな組織の頭であっても大組織の尻尾じゃ詰らない・・って事ですかね。
目を細め、照れと優越の笑顔で答える。

「旨い・・。」その麗かで淀みない味に・・・唸った。

                    完
作品名:エフェドラの朝 作家名:石田健介