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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「愛されたい」 第一章 結婚記念日

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夫はビールを注文して飲み始めた。隣に座っているご婦人に注いであげたりして、気分良くしていた。お酒を飲まない智子は一人で食事に箸をつけていた。

食事が終わって部屋に戻った伸一と智子は話すことも無く、テレビをつけて観ていた。朝が早かったので眠気が来たのだろう。夫は布団に横になるなりすぐに眠ってしまった。

少しでも期待した事が空しかった。夫はこんな時でもいつもの夫と変わらなかった。いびきをかき始めて寝ている夫の傍にこれ以上居たくなかったので、一人で何か飲もうと一階に降りて行った。ロビーの横にあるバーやカラオケルームは賑わっていた。横目でチラッと見やって自販機の前でウーロン茶を買った。ソファーに腰掛けて寛いでいると、男性に声を掛けられた。

「あれ?昼間に自販機のところでお会いしませんでしたか?」
顔を見上げて智子は思い出した。
「はい、覚えております」
「こちらにお泊りでしたか。偶然ですね、またお会いできるなんて」
「ええ、そうですね。添乗員さんなのですか?」
「違いますよ!そう見えますか?」
「きちんとされているから」
「会社の研修旅行なんです。従業員40名の引率なんですよ。皆さんおば様だから、大変ハハハ・・・いや、失礼しました。悪気はないんですよ」
「そうでしたの。お風呂でご一緒だった方もそう言われていましたから、同じなのかしら?確か、名古屋フーズさんとかお聞きしましたが」
「そうです!名古屋フーズの横井と言います。どなたでした?その方は」
「水野文子さんと言われる方です」
「水野さんね、そうでしたか。お若く見えたでしょう?結構ベテラン従業員さんなんですよ。内緒ですが」
「ええ、とてもお若く見えて素敵な方でした」
「お名前聞かせていただけませんか?」
「遅れました。楠本智子と言います」
「お一人ですか?」
「いえ、主人と二人です」
「結婚記念日とかですか?」
「はい、20年目になるんです」
「おめでとうございます。機会がございましたら是非私どもの製品をご贔屓して下さい」

横井はそう話して、名刺を智子に渡した。名刺の裏には販売している製品の名前が載っていた。ウーロン茶を飲み終えて、部屋に戻った智子は何となく横井の印象が良かったのでちょっと嬉しい気分になっていた。

夫のいびきに悩まされながら何とか眠って朝を迎えた。遅刻をしないように朝食を採り、バスに乗り込んで二日目のツアーが始まった。智子の携帯がなった。文子から「必ず連絡頂戴ね」という内容のメールだった。夫に気付かれないように、休憩場所の洗面所で返信をした。
「帰ったら一度お電話します」そう書いた。

夕方自宅に戻ってきた智子に娘が、「ねえ?どうだったの」と聞いてきた。
「どうって・・・楽しかったわよ。久しぶりにお出かけしたからね。美味しいもの頂いたし、それに・・・」言いかけて止めた。夫が傍にいたからだ。
「何?それにって」中途半端な答え方に娘が反応した。
「そんな返事したっけ?」
しらばっくれていい逃れた。

手提げの袋から土産のお菓子を取り出して、食事が済んだら食べましょうと話題をすり替えた。大学生の娘は息子に手伝ってもらって晩ご飯の用意をしてくれていた。疲れて今から作る気力が智子にはなかったから、とても助かった。
「ありがとう。助かったわ。晩ご飯を済ませたら早めに寝るから、明日からの準備は自分で忘れないようにしてね」
「解ってるよ、ママ。お疲れモードなのね。早く休んで朝はお弁当の準備頼むね」
「そうだったわね。しっかりしなくちゃ」

軽く食事を済ませて入浴して寝室に行った。
先に横になっている夫に、「あなたお疲れになったでしょ?ゆっくりお休み下さいね」と声を掛けた。
「ああ、言われなくてもそうするよ、じゃあな」

何とそっけない返事なのだろう。私のことは気にならないのかと疑いたくなる。いや疑いたくではなく気にならないのだ、と思った。それならそれでも構わない。少し自分の思うことを始めたいと密かに思っていた。夫が聞いたら驚くだろう、そう考えると以前は気が引けたが、何もせずにはいられなかった。それほど文子との出会いに刺激された智子であった。

帰ってきてから二日目の水曜日にメールを入れた。
「お電話したいのですが何時が都合いいですか?」そう書き込んで智子は送信した。
直ぐに文子から返信が来た。
「今日は休みなの。良かったら今から会わない?」
メールではなく電話をした。

「智子です。是非お会いしたいです。どちらに行けばいいでしょうか?」
「智子さん、ありがとう。そうね、滝の水(名古屋市南部の公園)まで来れる?」
「はい、解りますよ。駐車場で待っていればいいですか?」
「私は歩いてゆくからそうして下さる」
「解りました。では12時でお願いします」
「ええ、ランチしながらおしゃべりしましょう。楽しみだわ」

片付けを済ませて、着替えをした。少し迷ったが、ジーンズに薄手のカーディガンを羽織って車に乗った。仕事や付き合いで出かけることが無かったから、衣装箪笥には今時の洋服がなかった。なんだか侘しくなってこれからは欲しいものが買いたいと少し思ってしまった。

去年夫が車を買い換えるときに自分も運転しやすいようにと頼んで小型車にしてもらった。本当は自分用に軽が欲しかったのだが、どこに行くんだ!と叱られそうなので言わなかった。車通勤をしていない夫だったから、一台あれば事が足りることもいい出せなかった理由になっていた。

待ち合わせの滝の水公園に車は着いた。ドアーを開けて周りを見た智子に文子は手を振って居場所を知らせた。
「こっちよ!智子さん」
「今行きます」
小走りに駆け寄った智子の両手を文子はしっかりと握った。

「会いたかったわ。あなたのことずっと考えていたのよ」
「本当ですか?私もそうでした。文子さんとっても素敵なお洋服ですね・・・私なんだか若いのに地味で恥ずかしいです」
「若い・・・は余分ね、ハハハ・・・いいのよそうなんですもの。これからお洒落を楽しまれたらいいのよ。さあ、食事に行きましょう。あそこに見えるパスタのお店お洒落でいいわよ」

初めて入るイタリアンレストランの雰囲気は文子のセンスとぴったり合っていた。