あおぞら
「お前基本的に真面目だし。そしたら案の定こんなところに居るしさ」
プールに逃げ込むあたりがお前だよと呟いて、ごろり、と足を抱えたまま転がった柴崎と視線がかちあう。宮沢は居たたまれなくなってすっと目をそらして空を見上げた。
太陽はとうの昔に雲に隠れて姿が見えず、少しずつ色の濃くなった灰色に塗りつぶされていた。
「心配するなよ、期待の星。最初やんやと言われるだけだって。部長なんて、毎年そうだろ?」
「それは、まあ……そうだろうけど」
「大丈夫だって。むしろ俺が副部長って言うことのほうが文句多いだろうしさ」
「あっけらかんと言うなよ」
「事実だよ」
微塵も疑っていないという風に断言して、柴崎は体を起こした。差し出された手を引きあげてやると、柴崎は思い切り伸びをして、宮沢の左胸に拳を押し付けた。
空模様にも北風にも似合わない笑顔を浮かべて、柴崎は言う。
「誰もお前から水辺を奪ったりしねーよ。むしろドーンと任せるから」
なんでもないことのように簡単に、そして無責任な調子で柴崎は言葉を放り投げた。
キャラメルの粒を押し付けたのと同じ様に押し付けられた言葉は、すうと解けて、沁みこんでいく。
結局自分は、一人よがりに水辺に居続ける自信がなかったのかと気付いて、宮沢は苦笑いしか浮かべられなかった。真面目な顔などほとんど一瞬で、すぐにへらへらとした笑顔を浮かべておどける柴崎に助けられたのだと思うと、そんな表情しかできなかった。
「な、部長。頼りにしてるぜ。来年は団体でインターハイ出よう。あとお前と俺の個人優勝な」
「……お前はまた、そうやって無責任に」
「いいじゃねーか。夢はでっかくやった方が、青春って感じするし。悪くないだろ?」
「まあ、な」
「よし、決まりだな!」
胸の高さに突き出した拳に宮沢も同じように拳を突き合わせて、柴崎が頑張るかー! と言った。
§
いい加減寒すぎるから、という理由で宮沢を水辺から引き離した柴崎が、あ、と何かに気付いたように呟いた。
北風の通り抜けて行く並木路の真ん中で顎に手を添えて、もっともらしく唸る。
「つーか、あれだな、宮沢って彼女いないのな」
「……お前だっていないだろ」
何を言い出すのかと思えば、と宮沢は溜息をついた。近藤先輩に電話口でせせら笑われたことを思い出して、嫌な気分になった。八つ当たりで柴崎相手に低い声を出してしまって、ますます嫌な気分になる。当の柴崎は大げさな溜息をついて、そうなんだよ、とうなだれた。
「いない! そう、いないんだよ! 寂しいよなぁ……知ってるか、大島先輩は彼女居るんだって。羨ましい。近藤先輩も可愛い彼女いるみたいだし……なんだろう、途方もなく悲しい」
「そればっかりは、どうしようもないだろ」
「……なぁ、さっきの夢に彼女って付け加えても良いかな」
「可愛い、って抜けてるぞ」
「あと、エロいのが良い」
「おい」
「ダメ?」
「駄目」
小さい子供のように口を尖らせて、えーと呟いた柴崎を無視して、先を歩いた。空を行く雲の流れが、ずっと早くなっていた。
少しの間その場に立ち止まっていた柴崎が、待てって、と小走りで宮沢の隣に並ぶ。
「なぁ、宮沢ぁ」
「なんだ」
「俺たちって青いなぁ」
「……ああ、途方もなく青いな」
分厚い雲の隙間に垣間見える空と同じような色だ、と顔を見合わせて、笑った。
了