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表と裏の狭間には 十話―柊家の年末年始―

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修学旅行では突然雫のことを問い詰められ。

文化祭では蓮華に告白され。

その後もダラダラと平和に怠惰に暮らし。

クリスマスは雫と共に『楽しいクリスマス』を過ごし。

そして。今。
忙しかった一年が、終わる。
やっと。
今までは、『一年、あっという間だった』と思ってきた。
事実、漠然とした日常の綴りでしかなかったのだ。
だが、今年は、違った。
まさしく、物語のようで。
長かった。
やっと、終わる。
そう考えていると、リビングのほうから、『お兄ちゃ~ん。お蕎麦出来たよ~。』という声が聞こえてきた。
じゃあ。
今年最後の仕事。やりますか。

俺と雫は、『行く年来る年』を見ながら、年越し蕎麦を食べていた。
年越し蕎麦は本当にシンプルだ。少なくとも家のは。
鴨の肉、蒲鉾、鰤を煮込んだつゆに買ってきた蕎麦を入れ、更に海老の天麩羅を一本添える。
それだけの、シンプルなものだ。
それを黙々と食べていると、除夜の鐘(光坂にはニュータウンなのに神社や寺がきちんとある)が聞こえてきた。
それを契機に、俺は、雫と今年を振り返る。
「雫。」
「なに?」
「今年は、どうだった?」
「うん………楽しかったよ!」
雫は、笑顔でそう言う。
「東京に来て、新しいお友達も出来て。お兄ちゃんと楽しく暮らせて。とっても、いい年だったよ。」
そう、言う。
今年の、楽しかった日々だけを。抜き出して。
「ああ。楽しかったな。」
「うん!」
でも、俺は。
俺の今年最後の仕事。それは。
雫に、吐き出させてやることだ。
この一年、溜めに溜めた、想いを。
「確かに俺は、楽しかった。でも。お前は、辛かったんじゃないのか?」
「ふぇ?辛くなんかなかったよ!だってお兄ちゃんと一緒だったもん!辛くなんか、ないもん。」
「父さんや母さんが死んだ。俺はそうでもなかったけど、お前は、本当は哀しかったんだろ?」
「………。」
雫は、俯いて、黙ってしまった。
「学校でも、浮いちまって、あまり親しい相手がいなかったんだろ?新しい街で、来てからしばらくは戸惑ったんだろ?お前は、本当は、辛かったんだろ?」
「お兄ちゃん………どうして、そんなこと言うの?私は、お兄ちゃんさえいれば、辛くなんかない。全部、我慢できるよ。」
雫は、俯いたまま、そう言う。
そう、言った。
言ってくれた。
「我慢、してたんじゃねぇか。」
俺がそう言うと、雫は、ハッとしたように顔を上げた。
その瞳には、うっすらと、涙。
「父さんと母さんが死んで、哀しかったんだろう?でも、俺が以前と変わらす振舞ってたせいで、雫もそうせざるを得なかったんだろう?俺のせいで、哀しいのを我慢してたんだろう?お前、葬式の時一度泣いたっきり、全く泣かなかったじゃないか。
学校でも、孤立しちまったんだろう?でも、俺が毎日楽しそうにしていたから、辛いのを我慢してたんだろう?俺に相談したくても、相談できなかったんだろう?部屋でこっそり泣いてても、俺の前では、いつも笑ってたじゃねぇか。
新しい環境で、戸惑ったんだろう?どこに何があるか、必要なものはどこで買えばいいのか。そんな中で、お前は、ずっと家事をこなしていたんだろう?俺がいつも夜まで……部活に耽ってたから、気を使って、全部お前一人でやってくれてたんだろう?どんなに疲れても、泣き言一つ言わずにやってくれてただろう?
本当は。

部活の面子に、嫉妬してたんだろう?」

俺がそういうと、雫は、目を見開いた。
『どうして、知ってるの?』と、言うように。
「お前が何考えてるのか、大体は分かるよ。ずっと一緒にいたんだもんな。ゆりや煌、輝に耀、礼慈と理子。あいつらに、ずっと嫉妬してたんだろう?本当は、もっと、一緒に遊んで欲しかったんだろう?本当は、あいつらとは会いたくなかったんだろう?今はもう友達でも、最初は、嫉妬してたんだろう?」
そう。
俺が、合宿の時、こいつを誘ったのは、そういう理由もある。
雫が、俺の頼みなら断れないということを利用してまで。
こいつと、連中を引き合わせた。
実は、五月以降、家には微妙な空気が漂っていた。
その原因の一つが、ゆりたちだ。
雫は、形だけ見れば『俺と雫が一緒に居る時間を奪った』あいつらに、嫉妬していたんだ。
だけど。
あのまま、家を微妙な空気にしたくはなかったからな。
せめて原因の一つくらいは、除きたかった。
だから。引き合わせた。
実際に会わせれば、こいつらはすぐに打ち解けるって、分かったから。
「俺のために、自分の気持ちを押し殺して、会ってくれたんだろう?その結果がどうあれ、本当は嫌だったはずだ。

お前は、今年一年。我慢しっぱなしだったんだろう?」

俺が、最後にそう言うと。
雫は、もう、半泣きだった。
「お、兄ちゃん……………お兄ちゃん………。」
「すまなかったな。ずっと、我慢させて。でも、もういいよ。もう十分我慢してくれた。もう、いいよ。ほら。全部、喋っちまえ。」
そう促すと。
堰を切ったように、雫は泣き出した。
隣にいた俺に、しなだれかかって。
抱きついて。
胸元に顔を押し付けて。号泣した。
「私…………私ッ!お、お、お母さんとお父さん……………哀しくて………哀しくてッ!泣きたくて、泣けなくてッ!が、学校でも………虐め、ひっく、虐められてッ!うわぁああ!でっ、でもッ!お兄ちゃん楽しそうでッ!水差せなくてッ!っく、全然分からない街でッ!疲れてッ!ひっ、でも、お、お兄ちゃんッ!お兄ちゃんのためってッ!ひっく、頑張って!頑張ってッ!ひく、部活の皆さんもッ!お兄ちゃん、盗られたと思ってッ!ずっと憎くてッ!心の底ではずっと憎くてッ!」
雫は、次第に、俺の胸板を拳で叩き始める。
「なのにお兄ちゃんは会えって言ってッ!嫌だったのにッ!お兄ちゃんが言うからッ!会ったらいい人たちでッ!雫とお友達になってくれてッ!あんないい人を憎んだ私に今度は嫌気が差してッ!わ、た、私ッ!とても嫌な女でッ!お兄ちゃんに………嫌われたく………なくて…………。でも、もう、嫌いになっちゃっても、仕方ないよね。こんな嫌な妹、嫌だよね。」
しまいには、力尽きて。
ただ、静かに泣くだけになった。
今年が終わるまで。あと一分。
「雫。俺は、お前を嫌いになったりはしないよ。今年は、色々ありすぎたしね。それに、人間なんだから。そうやって人を憎むこともある。何より、お前にずっと我慢させてきた、俺が悪い。俺のほうこそ、ごめんね。雫。」
「う、ううん!お兄ちゃんは悪くない!悪いのは、私だもんっ!」
俺が謝ると、雫は顔を上げて、ブンブンと勢いよく振る。
「そうだね。お互い、悪いところがあった。でも、俺は、お前のお陰でさ………。」
「お兄ちゃん………。」
テレビでは、新年を迎えるカウントダウンが行われていた。
俺は、雫の頭を、胸元に埋めるように。
優しく、抱き締める。
そして、昔からずっとそうしているように。
頭を、撫でてやる。
「うぅ…………。」
雫は、また静かに涙を流し始める。
そうして、俺は本当に最後の仕事に取り掛かる。
いや、これを仕事なんて言ったら駄目だろうな。
こんなのは、仕事でもなんでもない。

とても、簡単なことだ。

賞賛と、感謝を贈る。

今年、雫はずっと。