妖怪たちの八百万
第一話『灼熱に歪む夢』
炎の向こうに揺れるあいつの背が見えた。僕はここが夢の中であることを思い出す。すでに何度も見ている夢。過去の光景を映す耐え難い悪夢。僕とあいつを隔てる灼熱にまぶたが焼けるようだった。目を晒すことすら難しい環境で、それでも僕はあいつを見つめた。
僕は知っている。
知らされているかのように知っている。
囁かれるかのように知っている。
この悪夢の原因はあいつだ。あいつが僕にこの悪夢を見せているのだ。今はもう忘れてしまっているような過去を引き上げて、映し出す。今更こんなものを見せてどうするというのだ。
ひどく歪んでいる。
ひどく捩れている。
しかし、僕はあいつを恨むことができなかった。はっきりと悪夢の元凶であると認識しているのにも関わらず、あいつを目前にしても憎しみの感情が湧き上がることはなかった。
何かが食い違っていた。与えられた情報と自分の持っている情報が著しく乖離していた。この感覚は、おそらく思い違いではない。だとすれば、ちぐはぐなものとは一体なんだと言うのか。
分からなかった。僕に分かることは目の前のこいつが僕を苦しめているということと、その判断に抗う何らかの記憶を僕は持っているということだけだった。
僕は半ば焦点を失ったような意識で火炎越しにあいつの後姿を眺めることしかできなかった。進むことにも退くことにも決断を下せるほどの根拠を持ち合わせていない。僕はただ、あいつを視界に捉えることのみが許されていた。
僕の瞳に炎とあいつの像が重なるようにして映り込む。