狐鋼色の思い出 エリ編
第2話 学園での再会
新しいクラスは仲が良い子がたくさんいるみたいで良かった
私は配られたプリントを見ながら教室に入る。
「ちゃおーエリッ!」
突然誰かが背中に飛びついてくる。
おおかた声で誰だか想像がつく。
「ちょっとナオ……重い重い」
「何よぉそれちょっとレディーに対して失礼じゃないの」
「ごめんごめん……」
流石にキツイよね……これ。
私はそのまま床に倒れてしまう。
「あっエリごめん……」
ナオがあわてて私の上から退く。
「まったくナオは新学年になっても相変わらずだねえ」
この声は美津保だろうか。
顔を上げて声の正体が推測通りであることを確かめる。
「あれ……エリ、手どうしたの?」
美津保が私の右手を指差して言う。
「あれ本当だ。包帯なんか巻いちゃってどうしたの。転んだ?」
「うん……まぁちょっとね……」
えへへと笑いながら立ち上がる。
そうだよね、包帯巻いてるんだから怪我してるように振る舞わなくちゃね。
面倒くさいけど朱蓮様の神社に行くまでの辛抱だ。
「ふぅん。気を付けなよ。あんたどんくさいんだから」
「失礼な。誰がどんくさいだ誰が」
私の言葉に誰からともなく笑いだす。
その時私はこちらを見つめる冷たい視線に気付いた。
ふとそちらに目を向けて私は戦慄する。
視線の主はこの前の少女だった。
「エリ……どうしたの?」
ナオが怪訝そうに尋ねる。
「あの子……誰?」
「どの子?」
私は顎でしゃくって少女を示す。
「ああ、あの子は井上真梨子。運動も出来てすごいんだから」
「へぇ……」
まさか同じクラスになるなんて思ってもみなかった。
どうやらナオ達の間ではちょっとした有名人らしい。
「あの子なんかちょっと変わってない?」
「そぉ……?まあ確かに水泳は毎回休むって聞いたけど……。特に変なところはないよ」
「そお……」
少女はもうこちらを見ていなかった。
友人らしき少女と何やら話している。
もしかして私の事……?
さすがに考え過ぎか。
とにかく警戒は怠らないようにしよう。
私は彼女の本当の姿を知っているんだから……。
*
「それじゃあみんな教科書出して」
「はーい」
みんなが手提げ袋から教科書を取り出し始める。
もちろん私もそれに続く。
「あれ……?」
ウソでしょ……。
何度手提げの中をガサゴソと漁ってみても出てこない。
「ないなあ……」
「あれ、エリどったの?」
ナオが教科書を開きながら言う。
「いやあさ、教科書が見つからないわけさ。朝はあったのにおかしいねえ」
「教室じゃないの?」
ピンポン。
それだ。
「確かロッカーの中に……」
「そうだよそれそれ!ナオ、マジサンクス!」
私は席を立ちあがる。
「先生!教室に教科書忘れちゃったんで取りに行ってきます!」
そう言うと私は扉目がけて駆けだす。
教師が何か言っているけど知ったことか!
音楽室を抜けてそのまま教室へ直行!今は大事な時期だから少しの間教室を抜けるだけでも命取りだ。
教室に入る。
「ふぅ……やっと着いた」
ゼェゼェと肩で息をしていると自分以外の誰かがこの教室にいることに気付いた。
誰だろうと顔を上げる。
「あっ……」
よりにもよって……よりにもよってあの少女か。
井上真梨子は席に座って本を読んでいた。
今授業中だよ?ちゃんと授業受けなさいよ!
言いたいけど言えない。
真梨子も一言もしゃべらない。
……気まずい。
早く教科書入手して教室を出よう。
恐る恐る体を動かす。
「ねえ、北野さん」
「ひっ!」
思わずビクっとしてしまう。
「な、何……?」
「今授業中よね。こんなところで何をしているの?」
それはこっちのセリフだ。
「私は教科書を取りに来たの。あなたこそ何やってるのよその様子じゃ教室の移動をしていない様ね」
「ふーん。私は音アレルギーだからよ」
「はぁ……?」
真梨子が鋭い視線を私に向ける。
「あ……いや……その……」
「そんなに怖がらなくて良いわ」
真梨子がパタンと読んでいた本を閉じる。
そして席を立ちあがりゆっくりとこちらに近づいてきた。
「あなたたしかこの前も会ったわよね」
やっぱり彼女だ。
どうしよう……あれを見たと言ったら殺されるかな?
「会ってないわ」
「嘘言わないで。分かるのよあたしには」
真梨子が鋭い視線を私の右手に向ける。
「その包帯取ってみて」
やはり彼女は全てお見通しなのだ。
でもここで外すわけにはいかない。
この秘密は絶対に他人に知られたくない。
もう彼女が知っているとしてもなんとかごまかせる方法はないだろうか。
「いや……これはその……骨折で」
「骨折してないのは肩を見ればわかるわ」
すぐに言い返される。
どうしよう……。
「あっ、間違えた……これはちょっと切っちゃって」
「傷を負っている時の行動パターンじゃないわ。あなたは怪我なんてしていない」
さっきから何なのこの娘……本当にロボットみたい。
あれは見間違えだと、ずっと自分に言い聞かせてた。
だってこんなのありえないじゃない。
ロボットなんてSFの……。
「なら包帯を巻いている理由はただ一つ。その右手を誰にも見せたくないから」
「……」
「ほら、外してよ」
真梨子があの時の様に私の右手に手を伸ばしてくる。
……そう言えば彼女に触られたから呪術が解けたんだっけ。
彼女は本当に一体何者なんだろう。
とにかくまた触られればさらに呪術が解けることになる。
「触らないで」
私はあわてて右手を庇う。
「……?」
真梨子は怪訝そうな表情をする。
「いや……別にあなたが嫌いとかそういうのじゃなくて……その……」
「で?」
真梨子の口から発せられた一言ならぬ一文字が胸に突き刺さる。
……怒ってる。
正直に言うべきかな。
どちらにしろもう後戻り出来ない。
下手に彼女を刺激しない方が良いだろう。
「あなたの手ってさ……私の体と相性悪いんだよね」
ああ、私は何言ってるんだ。
自分でも何を言っているのか分からなくなる。
「相性が悪い……」
真梨子は自分の手を見つめる。
「あははははははは 金属はキツネと相性が悪いの?」
なんで笑うんだろ……怖っ。
……やはり彼女は分かってるんだ。
「ねえ……あのさ……私のことキツネキツネ言うのやめてくれる?」
「だってキツネなんでしょ?」
「そうだけど……」
こうなったらもう認めるしかない。
どうせ彼女は最初から気付いていたんだ。
「なんだか嫌なんだその呼び方されるの。私はニンゲンとして……」
そこまで言いかけて私は口をつぐむ。
「ううん、何でもない」
「それはあたしも同じよ」
間髪入れずに発せられた彼女の言葉に私は驚く。
「あたしもニンゲンとして生きたい」
その時教室のドアが勢いよく開く。
ミズホだった。
「エリ~あんた授業サボろうったってそうはいかないわよ」
しかしすぐに美津保も雰囲気を察知して口をつぐむ。
良かった……美津保が来て。
彼女と二人きりでいることがどれだけ気まずいことか。
ミズホはすぐに沈黙に耐えかねて口を開いた。
「あのーお邪魔でしたら退散します~」
美津保は逃げる様にして教室を出て行った。
待って!
「ちょっ美津保……」
手を伸ばすが美津保の姿はすぐに見えなくなる。
……どうしようまた二人きりだ。
私も美津保を追って教室を飛び出そうか。
作品名:狐鋼色の思い出 エリ編 作家名:チャーリー&ティミー